死神

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 目にはタオル、口にはガムテープ、手足はロープで縛られて、私は後部座席に乱暴に投げられた。  エンジン音が聞こえて車は走り出す。  あっという間だった。  ずいぶんと手慣れているから何度も似たようなことをしてきたんだろう。  「おっ、ビールあるじゃん」  あのオッサンの声だ。  「やめとけよ。酔っ払って仕事されたらたまったもんじゃない」  私を拘束したでっぷり肥えたオヤジの声だ。  以後、デブと呼ぶ。  「飲まないよ。仕事終わりが一番美味いんだから。それまでのお楽しみ」  「そんな安物じゃなくても今日はもっと美味い酒が飲めるぞ。久しぶりに釣れたんだから」  「だな。ありがとう、バカなお嬢ちゃん」  うるせぇぞチンカスオヤジ!  そう叫んでみたが案の定くぐもった声しか出なかった。  「今日は何時ぐらいに上がれるかなぁ」  「朝までには終わるだろうさ。向こうがモタモタしてなけりゃな」  「連絡したのか?」  「したが、応答なし。折り返しの連絡もまだだ」  「呑気なもんだよ。……全く、こっちは見つかったら終わりだってのに」  「その上給料も向こうと変わらんからな。やってられねぇぜ」  後部座席は色んな物がごちゃごちゃしてて寝心地は最悪。  オマケに手足の縄は食い込むぐらいキツく縛ってある。  いつまでこんな最悪な状況でオッサン達とドライブしないといけないんだろう。  「俺達が若い頃はこうじゃなかったけどなぁ。もっと、自由に遊べたんだけどなぁ」  「時代は変わったのさ。見てみろよ。毎日毎日、ロクでもない事件ばかり。少しずつこの国は腐っていってる。やっと戦争が終わったってのに」  「あれから8年か……。ドンパチしてたのは南の方だけだったけどな。俺達はずっとカス共の尻ぬぐいをさせられてる」  「それにさ、聞いたか? 例の変死事件。やっぱり関わってるの人間だけじゃないってさ」  「何だよ、アイツら近くまで来てんのかよ。冗談じゃねぇぞ。警察は何してんだ」  「相手は化け物だぜ? 警察じゃムリムリ。専門じゃないと。ましてや、まだまだ一般人には馴染み薄いんだし……どうした?」  「何だあれ」  急に車が停車する。  私は弾みで頭をぶつけた。  痛いことばっかだ。  早く殺して欲しい。  「カカシか?」  「アホか。ここは畑じゃねぇっての」  「じゃあ人間かよ……あれ、おい、まさか」  いきなり車が急発進した。  今度は足をぶつける。  何やら運転席のオヤジ共がうるさい。  「ふざけんなよ! ふざけんな! こんなことありかよ!」  「おい、早く連絡しろ! 早く!」  「うるせぇな! オマエもなんとかしろよ!」  車内が揺れる。  車が無茶苦茶な動きで走っているのが分かった。  何が起きてるのか。  耳だけで集められる情報には限界があった。  「もういい! 引け! 引いちまえ!」  「分かってるって! クソが!」  次の瞬間には私の体は宙に舞っていた。  大きな衝撃音。  クラクション。  悲鳴。  全身が地面に叩きつけられて、その弾みで目を覆っていたタオルがずれて、ようやく視界が戻ってくる。  私は外に放り出されていた。  冷たい地面。  体験したことのない激痛が全身に走る。  目の前には大破した車。  散乱する破片。  血だらけで転がるあのデブ。  ピクリとも動かない。  よく見たら、頭が半分潰れていた。  中途半端に空気が抜けて凹んだボールみたいに。  視線を感じた。  気配の元へ目を向ける。  何かが立っていた。  大きな黒いマントを羽織って、頭まですっぽりと覆った人型の何か。  ドラマとかの特殊部隊が着るような、重厚で鎧みたいなスーツを着ていて。  厚みのある革手袋をして、底の部分が金属で出来てるブーツを履いた、人型、人影? 人間?  ……死神?  髑髏のマスクをした顔で、私をジッと見下ろしている。   まるで、私を見定めてるような……。  うめき声が聞こえた。  見たら、あのオッサンが生きていた。  何とか車から這い出したようだ。  足がおかしな方向に曲っていて、立つことが出来ないみたいだった。  死神の姿を見ると、目を見開いて情けない声を上げた。  芋虫みたいに這って逃げようとする。  死神がオッサンに近づいていった。  「た、たすけ、て」  「なんだ、生きてるじゃん」  死神はオッサンの命乞いを全く聞いていなかった。  頭を鷲掴みにすると、そのまま捻る。  嫌な音が聞こえた。  オッサンの顔面は背中を向いていた。  蛇口の水が垂れてるのを見て、ハンドルをしっかり閉めるみたいに。  当たり前のように。  何でもない事のように。  死神は人を殺した。  死神は伸びをしながら立ち上がる。  一仕事終えたみたいにうーん、とうなりながら。  そのまま私の元へ戻ってくる。  ああ、死ぬのか。  怖かった。  すごく、すごく、怖かった。  先程の冷静な自分が嘘みたいに、恨めしいほどに、こんなに死ぬのが怖いのは初めてだった。  死神は私の前で屈むと手を伸ばしてきた。  ギュッと目を瞑る。  口元に痛み。  ガムテープを剥がされたのだと理解するのに数秒かかった。  「やぁ、こんばんは」  挨拶してきた。  先程のオッサンより遥かに呑気な挨拶だった。  「……こんばんは」  私も普通に返してしまった。  
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