旧友

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休憩から戻り暫くするとご予約のお客様が来店されてホールも厨房も一気に忙しくなってきた。私はホールで接客をしつつもなるべく積極的に厨房に行き出される料理を運んだ。   チン。    厨房のベルが鳴る。 「お願いします。」 「はい。」 「前菜(オードブル)の玉ねぎのムースね。」 見た目は上にフライドオニオンがちょこんとのせてあるだけでとてもシンプル。だけど切って煮てミキサーに掛けてと手間の掛かる一品。中に生クリームが入っているからとろける食感のムースに仕上がっている。 「これまだ残ってるから後で勉強の為にも食べてみると良いよ。」 「ありがとうございます。」 私はまず前菜を運んで次のベルが鳴るまでホールの接客にあたる。 「高嶺さん、あの窓際のお客様に新しいフォーク持って行ってもらえる?」 「分かりました。今持って行きます。」 夕方から夜に掛けてのディナータイムは一息つく間も無い程に忙しい。岩永さんに言われフォークを持って行くとチンと厨房でベルが鳴る。また料理が出来上がったようだ。私は誰よりも早く厨房に足を向かわせた。 「前菜のルビーグレープフルーツと人参のラペね。」 「ラペって何ですか?」 ラペとはフランスの家庭料理で人参のサラダの事。人参とルビーグレープフルーツと生ハム、それから胡桃も砕いて入っている。白ワインビネガーやはちみつで味に深みが出るように作られているそう。食べる時にふわっとルビーグレープフルーツの香りが漂って爽やかな一品。 「わぁ。ルビーグレープフルーツの良い香り~。」 「女性は多分こういう感じ好きだよね。今度は入り口側のお客様にお願いします。」 「はい。」 その後も私は入って来るお客様を案内したりテーブルをリセットしたりと常に厨房に意識を向けながらの接客スタイルをとっていた。 チン。    奥でベルが聞こえた。空かさず私は早足で向かうと前に岩永さんが厨房に向かって入って行くのが見えた。岩永さんが運んでくれると分かっていてもとりあえず自分もそのまま中へと入って行った。 「お願いします。」 「はい…あ、良いわよ私持って行くから。」 「そうですか。じゃあお願いします。」 「ちょっと待って岩永さん。」 料理を運ぼうとしていた岩永さんに早瀬さんが声を掛ける。 「高嶺さんに料理の説明だけサラッとさせてもらってから運んでくれる?」 そう言うと岩永さんは手にしていた料理のお皿を一旦台の上に置いて早瀬さんの説明を私と一緒に聞いていた。 「次はコースのスープ。ブロッコリーとマッシュルームのポタージュね。」 その名の通りブロッコリーとマッシュルームのポタージュ。マッシュルームにはホワイトとブラウンの二種類があり香りの強いブラウンマッシュルームを使っている。 「ブラウンマッシュルームなんて知らなかったです。」 「ホワイトよりも香りも味も濃厚なんだよ。」 「これも美味しそう。」 「実はこれもまだあって高嶺さん用にとっておくから後で食べて良いよ。」 「本当ですか?ありがとうございます。」 早瀬さんはニコリと笑って私に言った。 「…説明、終わったかな?もう運んでも良いですか?」 側で待っていてくれた岩永さんが料理のお皿に手を掛ける。 「ごめん岩永さん。もう大丈夫です。お願いします。」 「は~い…。」 岩永さんがスープを持って行き厨房を出たので私も続いてホールに向かおうとした時後ろから早瀬さんの声がして足を止める。 「高嶺さんちょっと待った。また仕上がるからここに待機。」 「は、はい。」 すると奥からオリーブオイルと香ばしい香りがしてくる。 「…っと、はい。白身魚のポワレね。」 この白身魚は鱈を使っており魚の風味を生かす為に薄味になっている。オリーブオイルで表面をパリッと仕上げてあるので香ばしさもあり香りや食感も増すそうだ。白ワインの風味もポイント。 「通りで香ばしい香りがしてくると思いました。お腹空いてきちゃうな。」 「だよね。これは余分には作っていないから試食は無いんだ。ごめんね。」 「いや、全然大丈夫です。私の方こそせがんでるみたいですみません。はは。」 「良いよ。気にしてないし。じゃっ、これお願いします。」 「はい。」 愛嬌たっぷりの目でまるで私を子供のおつかいに送り出す様なそんな雰囲気も感じながら早瀬さんの料理を落とさない用に慎重に運んで行く私。 「早瀬さん。すいません。次のコースのお客様少し遅れるそうです。」 「はい。了解しました。」 「それにしても早瀬さん。私が最初の頃は余りのスープなんて一口も無かった気がするんですけど…高嶺さん良いな~。」 「え?そうだったの?」 「そうですよ。覚えて無いんですか?」 「岩永さんが入った時俺まだそこまで料理作って無かったからかもしれないなきっと。」 「そうでしたね。確かに。しかも私斎藤マネージャーと前に働いてたあの難しい田中さんに料理とか教えてもらってたんで。」 「あ~。あの田中さんかぁ。それは可哀想に。」 「ま、でも負けずに頑張ったんでここにまだ居るんですけどね。だけど当時私も早瀬さんが教えてくれてたらな…。」 「だよね。スープ飲めたのにね。あはは。」 「ちょっ、食い意地が張ってる女みたいに言わないで下さいよ!」 「え?違った?嘘嘘ごめん!」 「すみません岩永さん、ちょっと手伝ってもらっても大丈夫ですか?」 「ごめん、直ぐ行く。」 鈍感過ぎる…早瀬さんは何時も。
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