二人の計画

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「今夜もお疲れ様です。菊田さん。」 従業員裏口の前で雅を待っていると岩永さんがご機嫌な様子で出てきた。 「お疲れ様です。岩永さん。随分とご機嫌ですね。私があんなメッセージを送ったのに。どうしたんですか?」 「確かにあのメッセージを読んで凹みましたしそれに輪を掛ける様な事実も耳にして悲しかったんです。けど菊田さんとじゃあ何の為にやろうって言ったんだって自分に渇を入れて私も頑張って攻めてみたんです。そうしたら明日仕事終わりに早瀬さんの家に行く約束をしてくれたんです。」 「それは良かったですね。」 「と言っても猫を見せてもらうのと私の手料理を振る舞う事になっているんですけど。」 「え?それはもはや彼女が彼氏にする行為ですよね。実は優弥は岩永さんを気に掛けていたのでは?」 「だと良かったんですけど残念ながら今回は私が無理やりこぎつけただけの話なんで早瀬さんはまだ脈無しな感じです。」 「そうですか。」 「でも頑張りますよ私。なので菊田さんもそのつもりでいて下さいね。」 「心強い相棒ですね。明日の夜なんですよね?優弥の家に行くのは。」 「はい。一緒に向かいます…何か考えてます?更に計画が進みそうな事。」 「えぇ。今少し閃きました。」 「何だろ?ま、でも結果私を後押ししてくれる事になるんだからその時迄楽しみにしてますね。」 「そうして下さい。」 「じゃあ菊田さんまた。お休みなさい。」 「お休みなさい。岩永さん。」 ────────。 はぁ~。何か岩永さんに申し訳ない事しちゃったのかも私…。 きっと私なんかよりも先に岩永さんは早瀬さんの猫を見に行きたかったんだろうなと思ったし早瀬さんの猫の話をしている私を多分面白くないと思ったに違いない。それに岩永さんの態度も変だった。いくら私が早瀬さんに気が無いとしても岩永さんは気分を害しただろうな。 私はお母さんからのその電話が終わっても休憩時間が終わるギリギリ迄戻らなかった。二人の空間を邪魔したく無かったから。 岩永さんに対して後悔の念でいっぱいな気持ちを抱えながら着替えを済ませると私は更衣室を出て礼二の待つ裏口へと向かった。 「礼二お待たせ。」 「おぉ。」 「早く帰ろう。寝たい。」 「体調悪いのか?」 「ひゃっ!?」 礼二の手が急に頬に触れるとびっくりしてつい変な声が出た。 「特に異常無さそうだけどな。」 頬、額、首とまるでペットでも撫で回すかの様に触れてくる礼二にあたふたする私。 「だっ、大丈夫。熱は無さそうだから。ちょっと色々とあって疲れただけ。」 そう言って私から礼二の手を離そうと手に触れると指を掴み顔を近付け言った。 「手荒れケアしてないな。」 「ガサガサ?ささくれ?」 「お前さ。一応お嬢様なんだから綺麗にしとけよ。こういう細かい所も。」 「だって…ついさ。」 「はぁ。だからお前は気が付かないんだよ。色んな意味でも…ったく。」 「ごめん…。今夜からやるから。」 そんな指摘を受けながら私と礼二は車に乗り込む。バタンと扉を閉めてシートベルトをするとハンドルの上に両肘をつきこちらを下から覗き込む様にして礼二は聞いてくる。 「何があったか話せば?」 「いや、良いよ。」 「顔が聞いて欲しいって言ってるぞ。」 「でも…。」 「優弥になら話せるとか?」 「そうじゃ無くて…その、岩永さんとちょっと。」 きっと私の悩みを打ち明けなければ礼二はエンジンを掛けてくれない気がして思い切ってさっきの事を打ち明けた。私はきっと心の何処かであの意地悪な礼二だけど私が落ち込んでいるのを見てもしかしたら優しい言葉を掛けてくれる事を僅かに期待していたのかもしれない。けど…そんな期待などした私は直ぐに後悔した。   「…つまり岩永さんが猫見る約束をにわかにしていたのにお前が一足先に猫とご対面して岩永さんの気を害したんじゃないかと気にしてる訳だ。」 「…うん。」 私はコクリと項垂れる様に頷いた。 「周りが見えて無いんだよお前は。」 「見えてない…のかなやっぱ。」 「そうだ。全く。」 そんな礼二のはっきりした言葉にズキンと胸が痛む。 「だけどね、早瀬さんの猫をただ純粋に見たかっただけなんだよ。猫好きだし。」 「そこが甘いんだよ。」 「そうだけど、でもその時は気が付かなくて…。」 「人は色んな思い(想い)を胸に秘めながら常に関わり合っているんだ。お前みたいに気が付かないからの一言で終わらせてしまえる程簡単じゃねぇよ。人の気持ちってのはな。」 「…。」 「知らない間に傷付けてんだよ。お前も。それから…俺も。」 ─────。 ブォン。 少しの沈黙の後に漸くエンジンを掛けた礼二。 私はその夜眠りにつくまで礼二の言葉の意味を自分なりに深く考えざるを得なかった。
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