協定解除

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チン。 厨房でベルが聞こえる。私はテーブルの片付けもそこそこに料理を運ぶ。よりによって岩永さんと斎藤マネージャーが体調不良でお休みでしかも今日は土曜日で家族連れやご予約のお客様で店内は大忙しだった。私を含めたスタッフで何とか回してはいるものの皆が皆常に手一杯だった。 チン。 またベルで呼ばれると料理を運んだばかりの足で再び厨房へと引き返す。すると眉毛を下げ困り顔の早瀬さんが私を待ち構えていた。私も思わずその顔につられてしまう。 「ごめん高嶺さんっ。人手が足らないのに度々呼んじゃって。ホールの方は大丈夫?キツかったら俺ホール手伝うから遠慮無く言ってね。」 「はいっ、あの、早速なんですがテーブルのリセットやりかけがあってお願いしても良いですか?」 「うん。分かった。直ぐやるよ。」 あれから早瀬さんとは何事も無かったかの様に至って普通通りでいられた。流石に告白された翌日は気まずい雰囲気が出てしまうのかと内心心配はしていたけど立ち直りの早い早瀬さんはケロッとした様子で何ら変わりなかった。 「いらっしゃいませ…四名様ですね。申し訳ございません。今お席をご用意していますのでもう暫くお待ち下さ、、」 「四名様。あちらのお席へどうぞ。」 早瀬さんのその声に後ろを振り向くと完璧にリセットされた四名分のテーブルが目に飛び込んできた。 「後はお願い高嶺さん。」 すると耳元で一言そう言って厨房へと引き返して行った。何ていう手際の良さなんだろうと関心している暇も無く私は四名様を席にご案内した。そして次の瞬間今度は近くのお客様に呼ばれ注文を受ける。その注文を受けている間さえも目線は会計へと席を立つお客様の方へ向けられていた。でも会計に気付くスタッフはおらず皆それぞれが接客やら運びに徹していた。早く注文を聞いて会計に行かないと…。私は接客を終えると急いでレジに向かい会計を済ませる。 そんなこんなを繰り返し次から次へと舞い込んでくる仕事にひたすら食らいつく。そして休憩時間を短縮しなければならない程忙しいその一日は漸く終わりをむかえようとしていたのだった。    はぁぁ~。 更衣室で着替えを済ませると私は雪崩れ込む様にして共有スペースのソファにまず体を預けた。下に行けば車に乗れるが疲れきっていた為ここで少し休憩をしてから礼二の元へと向かう事にした。今日は短い休憩の中一回もスマホに触れなかったので力の余り入らないクタクタの手を鞄に突っ込み取り出すとランプが点滅していた。確認してみるとなんと堺さんからの着信が入っていた。はっとして背もたれから体を起こし堺さんに後でこちらから電話を掛けるとメッセージを送った。 「お待たせ礼二。」 「あぁ。お前顔がやつれてるぞ。そんな忙しかったのか?」 「顔…はは。今日は齋藤マネージャーと岩永さんが体調不良でお休みになっちゃって忙しかったんだよね。厨房の早瀬さんが見かねてホールの手伝いしに来てくれなかったら回らなかったな。」 「要の二人が休みなんてそりゃキツいな。お前まだ半人前だし。」 「そうなの。だから助かったぁ。」 「岩永さん張り切り過ぎてもう知恵熱でも出したか…?」 「え?岩永さんがどうしたの?」 「何でも無い。ほら、帰るぞ。」 「あ、うん。」 フラッ…、、 「っ!危ねぇっ、お前大丈夫かよ。」 「ごめ…ん。」 息つく暇も無く動きっぱなしだった一日。流石に体は正直で私は貧血を起こし礼二に抱き抱えられていた。頬に当たる礼二の襟足がくすぐったくてだけど包まれる腕の力にもう少しこのままでとささやかに願ってしまう自分が居た。涙した夜から私は礼二の事をなるべく考え無い様に過ごしていたのにこんな風に礼二を近くに感じてしまうとやっぱり考えずにはいられ無い。 「体重は相変わらずの様だな。」 「それはどうも~。」 フッと意地悪に優しく微笑む横顔を見ればまた私の胸は騒がしくなるんだ。 車に乗り込み間もなくして家に着くと私は堺さんに早速電話を掛けた。 「もしもし堺さん?高嶺です。」 「わぁ、高嶺さん久しぶり~!元気で働いてる?」 電話から聞こえてきた堺さんの声はとても元気でそれだけでもう嬉しくて疲れが吹き飛んでしまいそうだった。 「元気ですよ。今日はちょっと忙しかったんですけど堺さんの声聞いて元気になれそうです。」 「それは良かった。お疲れ様だね。」 「今日はどうしたんですか?何かありました?」 「急に電話してごめんね。実はさ…。」 堺さんの話によるとレストランに波多野さんという方が来店されて私に会いたがっていたと言うのだ。 「波多野…?心当たり無いですね。」 「そっか。奥様のお知り合いみたいだったんだけどね。」 「お母さんの?会社関係の人かなぁ。」 「かもね。ね、それよりそっちの職場どうなの?フレンチレストランは。」 「勝手も違うのとあと料理もほぼ一から覚えないとなんで最初はなかなか大変でしたね。最近はまぁ何とかボチボチって感じで。」 「そっかぁ。どんな仕事も新しい職場は大変だよね。」 「はい。でも久しぶりに堺さんの声も聞けて元気もらえたのでまた頑張れそうです。」 「あはは。なら安心だ。今度子供連れて旅行がてらそっちに遊びに行こうかしら。」 「是非来て下さいよ~。」 「ね。私も高嶺さんに会いたいし。じゃあとにかく体調崩さない様に頑張ってね。またね。」 「はい。お休みなさい。」 電話を切った後堺さんが口にした波多野さんと言う人の存在が気になった。私に会いたいだなんて一体誰なんだろう。昔の同級生とか?う~ん。思い出せないな。 「父さん。今時ボディーガードなんて高嶺さんは凄いよねやる事がさ。大臣でも無いのに。」 「はは。それ程大事なんだろう。雅お嬢様が。なんせ一人娘だからな。」 父さんはお気に入りの革張りのソファに腰を下ろし片手にはウィスキーをカラカラと揺らしている。 「それって例えば二人きりになりたい時も見張られてるんだよね?」 「そうだな。」 「邪魔だな。そんなボディーガードは。」
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