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「礼二あの人誰なんだ?余りにも似てるからお前が二人居るみたいだったぜ。それに何かもめているみたいだったけど何かあったのか?…っ。」
「…。」
話の最後早瀬さんが礼二の顔を覗き込むと仕事でしか見せない鋭い目付きと殺気すら感じさせる表情で波多野さんの後ろ姿を何時までも追っていた。
「礼二…。」
早瀬さんもそんな礼二の雰囲気を察しそれ以上は深く聞いてはこなかった。こんなに不機嫌にする程礼二にとって波多野さんは何とも受け入れがたく嫌味な存在なんだと思った。
「あぁ…悪かったな。騒がしかったよな。帰ろう。」
礼二が我に返り口を開くと冷静さを取り戻し何時もの落ち着いた声で皆にそう促した。
「そうですね。帰りましょう。早瀬さん私達も。」
岩永さんは私と礼二に小さく手を振り早瀬さんを連れて帰って行った。
「お前も車乗れ。」
「う、うん。」
二人と別れ私達も車に乗り込む。私は車内でそんな礼二の横顔を気にしながら掛ける言葉を探していた。すると。
「お前何で振り解かなかったんだ?」
「えっ、だって突然で頭真っ白だったし。それにあんなにしっかり抱き締められたら身動きとれないよ。」
「見てたが少しも抵抗しなかったよな。」
「だから、今言ったけどギュッとされて動け無かったの。」
「本当は嬉しかったんじゃないのか?」
「そんな訳無いじゃんっ。」
「どうだか。」
波多野さんが礼二に対して失礼とも取れる様な口調だったのは私が見ていても分かった。だけど八つ当たりにしか取れない礼二のその態度に私は少しカチンとしてしまった。でも今夜は何時もみたいに言い返すのはやめておいた。
「もしもし。あら雅元気にやってる?」
私と礼二が波多野さんに遭遇した事を知らないお母さんはあっけらかんと電話に出る。私は帰って直ぐに電話を掛けていた。
「ちょっとお母さん!私が結婚するとかしないとかって何の話なのっ!?」
「久しぶりに電話きたと思えば凄い剣幕ね。」
「だってそうでしょ?どうして私の写真勝手に波多野さんに送ってる訳?意味分かんない。」
「あら。もしかして波多野さんそっちに行ったの?」
「来たわよっ。波多野さんの顔は知らないしいきなり結婚とか口に出すしそれに、、」
「彼。礼二君に似てなかった?」
ちょっと悪戯っぽい口調で言ってくる。
「確かに似てたけど、え?お母さんひょっとして本気でお見合いさせる気じゃないでしょうね?」
「そのつもりだけど。」
「はい?」
「勘違いしないでよ。雅の気持ちが第一優先って事はお母さんも承知してるの。なんだけど前にあんな事件が起きて雅の安全な幸せをお母さんもお父さんももっと深く考えての事なのよ。」
「そう…なの?」
「そう思っていた矢先に丁度知り合った波多野さんに息子さんが居るって聞いて話がどんどん進んでそれで。私と波多野さん盛り上がっちゃったの。ごめんね。事後報告になって。」
「びっくりしたんだからね、私もそれから礼二も。」
「だからごめんってば。許してね。だけどね波多野さんとは仕事上長くお付き合いしていくし何より息子の純さん素敵でしょ?」
「ちょっとノリについていけない部分はありそうだけど。」
「ふふ。明るくて良いじゃない。ま、とりあえず少し考えてみて。決して強制では無いけれどお母さんとお父さんの雅に対する思いだって言う事をね。」
お母さんは事の経緯を話し終えると電話を切った。仕事上長くお付き合いしていくなんて言われたら親孝行の一つもしていない私にとってすんなりと流せない話になってきてしまった。ベッドに腰を下ろし電話を掛けていた私はふとキッチンで夕飯の準備に取り掛かっている礼二の側に行き言った。
「今の何となく分かった?」
「波多野の言った通りだったな。」
「うん。何て言うかお見合いは私を思っての事なんだって。あんな事件とかあったしお母さんもお父さんも考えてくれたみたい。波多野さんはこれからの仕事にも長く関わっていく人だからとかも言われた。強制では無いけど少し考えてみてって…お見合い。」
「…そうか。」
礼二は私に背中を向けたまま小さな低い声でそう応えた。
トントントン。
「それだけ…?」
「他に何が…?」
トントントン…。
私はキッチンと部屋の境目の扉をピシャリと閉めてそのまま立ち尽くす。
胸を締め付ける切ない気持ちが涙を溢れさせていく。
嘘でも良いから見合いなんて止めろって一言そう言って欲しかった。
天井を見上げグッと涙を堪える時間すらも礼二の言葉を待ってしまう自分が居た。
トントントン…。
けれど礼二が動かす包丁の音だけが虚しく響いてくるだけだった。
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