協定解除

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「雅さん。」 店の入り口から名前を呼ばれて振り向くとTシャツにデニム姿の波多野さんが立っていた。 「礼二…。じゃなかった波多野さん!」 ラフな格好の日の礼二と見間違えてしまう程今日も良く似ている波多野さんは私にニコリと笑いながら店内に入って来た。 「昨日はどうも。驚かせてごめんなさい。あの後僕反省しました。」 「いえ。大丈夫ですよ。」 「奥様から聞きましたか?色々と。」 「はい。昨日帰って電話で聞けました。なので波多野さんの言ってた通りだなと思いました。」 「良かった事情が聞けて。」 「えっと昨日はどちらに?もしかしてこのホテルに泊まられたんですか?」 「はい。最高の眺めでしたよ最上階は。」 「ありがとう御座います。ご利用頂き感謝申し上げます。」 「それにしてもよく似合ってますね。制服。一番かも。」 下からゆっくりと見上げながら恥ずかしげも無く言ってくる。 「そっ、そんな事無いです。」 「写真で見ても美人さんでしたけど実際は数倍美人で可愛らしい方でした。」 「やや、そんな。」 「僕直感で分かるんです。これはこうなるとかあれはこうした方が上手く行くとか…あとこの人を好きになるとか。」 「直感…で?」 「そうです。昔からそんな風に生きてきました。だから理由とか聞かれても言葉にするのが難しくて。ただ直感が働いたからって言うともっときちんと説明しろとか怒られたりね。でもこちらはそれが答えなんだよって。 」 「そうなんですね。」 「だから。」 私に向き直り初めて見せる波多野さんの真剣な表情に目が釘付けになる私。 「お見合いしませんか?僕達。」 「…っ。」 「僕。これまで親に散々甘えてきて遊んでばかりな駄目な息子でした。でもある日白髪混じりの父親の姿が小さく見えてこのままではいけないんだと気付きました。その時です。僕が父親の力になろうと決意したのは。幸い僕には兄が居て会社は継がなくても良いのですが親孝行だけは何としてもしようと思っています。なのでその、今回の縁談は前向きに進めたいと僕はそのつもりでいるんです。」 波多野さんの気持ちが私の親への気持ちと重なる。こんな近くにそんな風に同じ思いを抱えていた人が居たなんて知らなかった。そしてそう話す波多野さんを見れば見る程私はまるで礼二と結婚するかの様な変な気分になっていた。それは少し嬉しい感情にも似ていた。 「…あの。」 「はい。」 「しましょう。お見合い。」 「本当ですか?」 「でも、私はその、、親の為にする気持ちの方が強くて。だからまだ波多野さんをどうとかそういう想いは正直私の中で生まれていません。」 「それでも良いです。」 「例え親の為の形式上のお見合いになったとしてもですか?」 「構いません。僕は。」 「では私の親にも帰ったら返事をしておきます。」 「僕もその様にさせて頂きます。」 お互いの意思を伝え合った所で波多野さんはそのまま食事をして帰って行った。 礼二にも伝えないと…。 ────────。 仕事が終わり家へと帰宅すると波多野さんとお見合いをする事を礼二にまず伝えた。でも礼二は怒りも悲しみもせず落ち着き払っているばかりで私のお見合いをただの呑み会位にしか考えていないみたいに感じた。 そしてその夜。波多野さんと合意した上でお見合いをするとお母さんに電話で伝えたらお母さんは電話の向こうで嬉し泣きをしながら私の話を聞いていた。まさかそこまで喜んでくれるなんてとお母さんにぬか喜びをさせてしまったみたいで良心が痛んだ。親孝行したいだけの…結婚なんてまだ考えられないお見合いなんて口が裂けても言えない。
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