胸の内は…

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優弥の言葉が俺を無性に駆り立てる。雅を失うかもしれないどうしようもない寂しさを酒で忘れようなんてかっこ悪い事をしていた自分に腹が立った。雅や人の事は何でもとやかく言えるくせに肝心な自分の事は棚に上げてよくもまぁあんな偉そうにしてこれたものだと自分で自分に叱咤する。俺にガツンと言ってくれた優弥は友人の俺が雅と同居していようが何だろうが構わずに好きだというシンプルな想いだけを胸に雅に飛び込んで行った。岩永さんだってそうだ。彼女は目の前にある望みの薄い恋にも関わらず最後迄諦めずにいる。いけ好かない波多野も悔しいが自分に絶対の自信を持ち俺から雅を奪おうとしている。けどそんな三人に比べ俺はどうだ?雅を好きだと想いながらその気持ちを持て余し挙げ句の果てに優弥に心配される情けないヤツだ。雅を側に感じ恋心を抱いたあの日からの数年間何かと言い訳を吐いて自分を誤魔化してばかりな俺。なよっちぃその根性を一発ぶん殴ってやりたいとさえ思う程に。 優弥…岩永さん…波多野。 そして一番ダサくて情けない俺。 もう迷わない。 俺は雅が欲しいんだ────────。 「まぁ、お見合いって言っても堅苦しいのは止めて両家のお食事会みたいな感じにしましょうね。」 実家のリビングでホッとしていると前に座るお母さんが口を開いた。私はお母さんが久しぶりにホテル恋花に足を運びたいのとドライブもしたいとの事だったので連休を利用して私もそれに付き合いそのままお見合いの打ち合わせをしに実家へと帰って来ていた。 「う、うん…。でも家が勝手に決めちゃって大丈夫なの?一つ一つ波多野さんにも意見聞いたりしてからの方が良いんじゃない?私、連絡先知ってるし連絡して聞いてみるよ。」 スマホをズボンのポケットから取り出す。 「その心配は無いのよ。」 操作する手が止まる。 「波多野さんが家に全てお任せしますって言ってくれたのよ。」 「そうなの?」 「そ。だから雅も何か希望があれば遠慮無く言ってくれて構わないわよ…例えば…あれが食べたいとか場所はここが良いとか。」 「…着物は着なくても良い?」 「えっ…着ないの?お着物。沢山持ってるのに最近全然着てないから勿体ないわよぉ。」 「私はそれが希望なの。」 「う~ん…分かったわ。しょうが無い。」 「ありがとう。」 形だけのお見合いに華やかに着物なんて自分的にやり過ぎだと思った。 ピンポン。 インターホンが鳴り斉木さんが出ると「波多野」と名乗る男性の声が遠くで聞こえた。斉木さんがこちらに歩み寄って来るなり「波多野さんの息子さんがいらっしゃってます。」とやはりあの波多野さんに間違え無さそうだった。私もお母さんもいきなりの訪問に驚きを隠せない。 「えっ…波多野さんっ!?」 「ちょっと雅、波多野さんお呼びしたなら一言言ってよ。」 「いや、誘って無いってば。」 「お招きしてもよろしいでしょうか?」 斉木さんの言葉に我に返る二人。 「あ、そうね、お招きして。」 「かしこまりました。」 すると玄関に向かい家に上げると手に大きめの紙袋を下げた波多野さんがリビングへと入って来た。 「突然お邪魔してしまいすみません。まさか雅さんも帰って来られていたとは知りませんでした。またお会い出来て嬉しいです。」 私に相変わらずの爽やかな笑顔を向ける。 「あら純さん。私も居るんですけど。お忘れかしら?ふふ。」 「とんでもないです奥様。今日は奥様と旦那様にお渡ししたい物があって参りました。」 その大きな紙袋をお母さんに見せながら波多野さんは差し出す。 「これお土産のチョコレートと果物とそれからワインです。」 「まぁ!こんなに。重かったでしょう?」 「車なんで平気ですよ。皆さんで召し上がって下さい。」 波多野さんは実家にわざわざお土産を届けに来てくれたのだった。
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