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波多野さんは私を抱きしめたかと思うと自分の体から離して今度は顔を覗き込みニコリと笑い掛けてきた。
「すいません…雅さんの事見ると無性に抱き締めたくなるんです。」
「私をですか?」
「はい。可愛らしくてついね。」
「そ、それはどうも。」
礼二の顔をした波多野さんが礼二とは真逆なセリフを溢すものだからこちらもペースを乱されてしょうがない。
付き合ってもいない間柄でいきなりこんな大胆なアプローチをしてくる波多野さんはコーヒーを飲み干すと帰って行った。私はまだ体に残る波多野さんの感触に少しの罪悪感を抱きながら。
突然の波多野さんの訪問にお母さんとのお見合いの打ち合わせが途中になってしまったのでその後また少し話を詰めて日取りやお店等の希望を出したりした。そして大体の事が一つ一つ決まっていくと同時に私とは打って変わって鼻歌を響かせ浮かれ気分でいっぱいのお母さんがそこに居た。そんなお母さんに対しても何だか複雑な気持ちになってしまった私。
そして翌日波多野さんの方にも連絡を入れお見合いの詳細を伝えると快く了承してくれて後は来月やって来るその日を待つだけとなったのだった。
「お疲れ様ね。礼二君。」
「お疲れ様です。奥様も。」
「礼二君コーヒーでも一杯飲んで休んでから行ったら?」
「ありがとう御座います。ですが連休最終日で道が混みますので直ぐに行きます。」
「それもそうね。分かったわ。」
礼二が私を迎えに車で実家にやって来た。私は荷物を纏めると礼二がそれをガバッと両手に持ちトランクに積む。
「重いよね、ありがとう。」
「何入ってんだ?」
「あ、そうだ。純さんからワイン頂いて持たせたから礼二君も呑んでね。」
「波多野さんが突然お土産持って来たの。」
「へぇ。」
抜かりなく良くもまぁやるぜ波多野のヤツ。
「じゃあね。来月迄風邪ひかないように頑張ってね。」
「分かった。」
「それでは奥様また。」
「えぇ。お願いね。礼二君。」
お母さんに見送られ実家を後にした。
車を走らせてかれこれ三十分は経とうかとしていた。何も話そうとしない礼二の横顔をさっきからチラチラと覗う。
「何見てんだよさっきから。」
「だって、何も話さないから。」
「は?」
「何よ。」
「何時もお前が一人でベラベラしゃべってるだけだろうが。俺が静かなのは元々。」
「そっ、そっか。はは。」
そうだ。私が変に礼二の事気にしてるだけなんだ。また波多野さんに抱き締められたりしたから…。
「お見合い…決まったから。来月の十五日に。大平園で。」
「あぁ。」
「形だけの…だけどね。」
「…。」
お見合いの話になるとまるで興味を示さないのはもしかしたら親の為のお見合いだと知っているから?それとも礼二にとって私はただの雇い主だからなの…?
「パーキング寄るか?」
「…いい。」
「?」
「通過するぞ。本当にいいのか?」
「だからいいってば。」
「何だよ。ふて腐れて。意味分かんねぇ。」
礼二の馬鹿。
本当に結婚しても知らないんだから。
見合いが本格的に決まったのか。
あと一ヶ月後か。
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