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「そう言って頂いてこちらも安心しました。家の純はともかく雅さんは女性ですし何より高嶺グループの一人娘でいらっしゃる訳ですからせめてこれ位の事はさせて下さい。」
波多野さんのお父さんはご満悦な表情を浮かべていた。
「雅さん。僕もホッとしました。」
「はぁ…。あのちょっとお手洗いに。」
私はとにかく一度落ち着きたくて席を立つ。
だってこんな話に…礼二を私から外すなんて信じられない。第一高嶺家のボディーガードは代々菊田家が勤め上げて来たのに波多野家の一言でいとも簡単にそれを受け入れてしまうなんて。まったくお母さんは何を考えているんだろう。困惑する私は同時に私の側から礼二が離れて行ってしまう寂しさに打ちひしがれていた。
ガラガラと個室の扉を開けて廊下を歩き出すと腕を組み壁に寄り掛かっている礼二と目が合う。
「あ…。」
礼二…と心の奥で名前を呼んだ。
「トイレか?」
「うん…。そんなとこ。」
「何しけた面してんだ?」
顎を掴まれグイっと持ち上げられる。礼二が目の前に居てくれるのに寂しくて笑顔を作れない。
「少しワインのペース早かっただけだよ。」
「後で水飲めよ。」
「うん。」
そう言うと私から手を離した。
「…にしてもわざと廊下の俺に聞こえる声で言いやがって波多野のヤツ向かっ腹立つ。」
「聞こえてたよねやっぱり。」
「しっかりと。確かに俺は大物になんて就いた経験は無いけどな。だけどアイツに俺の進退を決める権利はねぇ。勿論アイツの父親にもだ。菊田家と高嶺家の縁の深さを知らねぇから簡単に言えるんだろうよ。」
「そうだよね。礼二がそう思う気持ち分かるよ。」
「でも。」
「何?」
「俺は一応雇われボディーガードには変わり無いからな。奥様の一存であるならばそれに従わないといけない。」
「本当、お母さんも意味分かんないよ。どうしてあんな返事しちゃったのか。」
「お前とは長い付き合いだったよな。」
「ちょっ、礼二何その言い方。」
「昔は今よりも可愛げがあったもんだ。」
「だから何でそんな風に言うのよ。」
「思い起こせば命の淵を見た時もあった。」
「止めてって。」
「俺の中ではお前と過ごしたこの時間はなかなか悪くなかった。」
「まるで私とさよならするみたいだね。」
「…トイレまだだろ?」
「え、あぁ…そうだけど、でも、、」
「早く行け。」
「っ。」
「皆待ってる。」
礼二の大きな手が私の背中をトンと押す。それはまるで二度とこっちに帰って来るなと言われている様で気が付けば礼二を後ろにツウッと涙がこぼれ落ちていた。私は指で涙を拭うとスタスタと歩き出しその場を去った。
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