高嶺ホテル

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「おはよう御座います。堺さん。」 「おはよう。高嶺さん。ん?チークの色変えた?可愛い。」 同じレストランのホールで働く堺さんは私よりも5歳上の先輩で私の指導役。私が高嶺ホテルの孫と知っているが関係無しに遠慮無く接してくれるのでこちらとしてもありがたい。その方が私としては働き易いし注意もどんどんしてくれる。皆私が孫だからという頭があるせいかどこか気をつかって話してきたりするけれど堺さんは最初からはっきりとしていた。「私は先輩で高嶺さんは新人。仕事なのでプライベートは関係無しに指導していきますのでよろしくね。」と言われていた。さっぱりとしていて仕事の出来るそんな堺さんに私は憧れているのだった。 「色は変えてないんですけど朝寝ぼけながらしたのでちょっと濃くなっちゃったみたいです。」 なんて誤魔化してみる。本当は泰幸君からのお誘いの連絡に浮かれながらメイクしていたから何時もよりなんだか力が入っちゃってましたなんて言えない。 「色白だし若いから何付けても似合うわね。」 「ありがとう御座います。え、でも堺さんだってまだ20代で若いじゃないですか。学生の時読者モデルやってたって聞きましたよ。更衣室で誰かが話してました。」 「やってたってたいした事ないわよ。一流のモデルさんでも無いんだし。今じゃ子供抱えたシングルマザーよ。ま、仕事してないと性格的に落ち着かないタイプだからこれが合ってるのかも私には。思い切って離婚して良かったわ…なんてね。さっ、今日も仕事頑張りましょう。」 「はい。」 堺さんは子供が2歳の頃離婚しシングルマザーとなった。女手一つで子育てしている堺さんからは弱音など吐いている所など聞いた事も無く逞しい女性でもありそんな所も私は尊敬していた。 「3番のお客様お冷やが減ってるからお願いします。」 「はい。かしこまりました。」 「そろそろお料理も出るから高嶺さんお願いします。」 「かしこまりました。」 堺さんは次から次へテキパキと指示をくれる。本当なら私が先に気が付いて動かなければならないのだがキッチンもホールも全てを把握する力に長けている堺さんにはまだまだかなわない。今日は週末というだけあってオープンから普段よりも人が入った。私の働くこのレストランは中華料理を提供していてホテルの名に恥じないようにとグルメなお祖父ちゃんがその昔、中華料理を食べ歩きどこからかシェフをヘッドハンティングしてきてここで働かせている。私も昔家族とプライベートで何度も足を運んだ事があり特にフカヒレラーメンが好きで毎回の様に注文した。私の好きなフカヒレラーメンがある日グルメ雑誌に掲載されると途端に客足も増え今も衰える様子は無い。ホテルとそしてレストランの両方で高嶺ホテルは最高のくつろぎと最高の料理で知名度がグンと上がっていったのだった。 ランチタイムのピークが落ち着いてもお昼を食べ損ねたのかお客様は割と入ってきていた。水を口にする事も無くあっという間に時間が過ぎる。 「高嶺さん。休憩どうぞ。」 堺さんに言われてようやく一休み出来る私は更衣室に行きロッカーから飲み物と朝買ってきたサンドイッチの入ったビニール袋を取り出し従業員しか知らない…というか私が密かに見つけた休憩場所へと向かった。一度裏口から外へ出てぐるりと歩くと外階段がある。『危険。立ち入り禁止。』と張り紙とカラーコーンが置いてあるこの場所が私の秘密の休憩場所。壊れてるって言っても1階から2階へと続く最初の方の手すりの一部分がグラグラしてるだけでちっとも危なくは無い様に見えた。私は入ってはいけないカラーコーンをすり抜け紐にぶら下げられた張り紙をまるでのれんをくぐるかの様にして手の甲で持ち上げ階段内に入った。そして腰を下ろしてカラカラになった喉を潤しサンドイッチを開け大きくパクリとかじり付いた。右手でジャケットのポケットからスマホを出して画面を見てはまたニヤける。昨夜からもうずっとこんな感じでハッピーオーラ全開な私。 「ふふふ~。」 泰幸君とは高校からの友達。爽やかな優しい男の子。私と気が合うみたいで(私がそう思ってるだけだったり?)何時も一緒に遊んだりしてた。私はそんな泰幸君に片思いしていたけれど卒業してお互い別々の大学に進学が決まりそれからは余り遊ばなくなってしまった。けれど昨晩久しぶりに泰幸君から連絡がきて今度仲良かったクラスの皆と吞み会でもしようとお誘いがあり正直今日の私は浮かれっぱなしであまり仕事に集中していなかった。ミスは無くて良かったけど。 「ふっ。」 「ん?今人の声が。」 「一人で笑うな。気色悪いぞ。」 その場から立ち上がり声が聞こえる上を覗き見ると階段の2階の柵に肘をつき私を見下す菊田礼二(ボディーガード)が居た。
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