デートなのに

7/8

453人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ
私の母であり高嶺ホテルの娘でもあるお母さんは今と変わらず私を出産する前も後もお父さんと共に仕事に追われていた。赤ん坊の頃の記憶は流石に無いものの物心ついた時には家にあまり両親は居なかった。何時だったか学校で男子にからかわれて帰って来た日があった私は靴を脱ぐなりリビングのソファに雪崩れ込み泣いた。悲しくて悔しくて…。だけどその日はお手伝いさんも居ない日で家に私は1人ぼっち。ヒックヒックと自分の泣く声だけがリビングに響き渡る。 お母さん…お父さん。    どうして居ないの?    私の仲良しなお友達のお家は皆学校から帰ったらお母さんやおばあちゃんが必ず出迎えてくれて一緒におやつを食べるんだって。おやつを食べながらその日学校であった楽しかった事嫌だった事を聞かれて沢山お話しするんだって。おやつを食べたらそのまま宿題も広げて分からない問題はお母さんとかに教えてもらうんだって。それから、それからね…。 ん? 頭部にフワッとした温もり。 お母さん?帰って来てくれたの? 今日は仕事早く終わったの? もう少しそのままにしていて。 まだ行かないで…。       そっと目を開けてみる。グレーの天井。だけどとても低いのは何でだろう。そして窓から見える外の景色は右から左へと流れていきあの柔らかな温もりはもう無い。助手席の後ろに広告らしき物があり少ししてここがタクシーの中だと気が付く。すると真上から礼二が私の顔を覗く。 「あ、あれ?何で私…。膝枕されてるし。」 「貧血起こして倒れたんだよ。」 「泰幸君はっ!?」 「帰ってもらった。このままじゃデートになんねぇからな。」 「あぁ…。」 すると落胆している私のおでこに手を当ててきた礼二。 「熱は…無いみたいだな。今日は帰って大人しくしとけ。」 そう言って頭を優しく叩いた。 この感じ。さっき夢に見ていたあの頃の私の記憶とそっくりだった。あれは昔の記憶を夢見ていただけで礼二じゃ無いことぐらい分かっていたけどでも…礼二が? 「ねぇ礼二。今私が眠ってる時頭撫でてくれてた?」 「えぇっと…この辺りでよろしいですか?」 すると見慣れた建物が目に入ってきてタクシーはゆっくりと止まった。 「大丈夫です。会計はカードでお願いします。」 「かしこまりました。」 返答を待つ間も無く礼二は会計を始めた。会計を済ませると私は礼二に肩を支えられ家の中へと入った。ふとリビングの時計を見上げると14時を少し過ぎた所だった。こんなに早くデートから帰宅した事なんて今まで無かったな。リビングの窓の向こうはまるでまだこっちで遊ぼうと私を誘っているみたいに明るくてなんだかやるせなくなってしまった。 今頃泰幸君はどうしてるかな。私が具合悪くなって急に帰る事になってしまったからきっと気持ちだって冷めちゃったんだろうなぁ…。いや。それもそうだけど礼二があんな風に邪魔してきた事の方が泰幸君にとって気分が良くなかったんではないのかと気になっていた。 まったく。邪魔してきて礼二の馬鹿…。 けれどさっきはあんなに激怒し2度と礼二の顔なんて見たく無いなんて思っしまったけれど介抱してくれた手前今日のあれやこれやを責める資格なんて私には無かった。 『私に礼二はいらない───』 それに冷静になったらあの言葉は少し言い過ぎた。私は礼二が寝泊まりしている客室に行き少し躊躇いながらも扉をノックした。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

453人が本棚に入れています
本棚に追加