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「そう…なんだけどね…。」
俺は小百合の様子から直ぐに言葉を取り消したくなった。
「いやさっ、2階建てで部屋もあるし小百合と旦那さんが来ても十分住めそうだなって単純に思っただけ。それだけだから。」
「礼二の言う通りなの。その方が私も旦那さんにとっても良いって分かってるの。なんだけど…。」
「言いたくなければ無理しないで。」
「大丈夫。あの…実はね。上手くいってないんだ。旦那さんと私。」
するとそう口にした小百合は顔を上げ力無く俺に笑った。
「お母さんの介護が始まってからこうして家を空ける機会が多くなって旦那さんとの時間が取れなくなっちゃったからかもしれないんだけど。」
「そう…。」
「ほら。私お母さんと仲良いじゃない?だから私もお母さんの側でお世話したいなって思ってしまったし。」
「うん。」
「けど。そんな事は本当はきっとそこまで問題では無くて…旦那さんは子供いらないんだって。」
まるで一切の光が宿っていない様な小百合の瞳に俺の背筋は凍り付いた。
「こんな事聞いて良いのか分からないけど…。」
「良いの。何でも聞いて。私と礼二の仲だもの。ん?何?」
小百合はコーヒーカップを手に取り口に含ませる。
「その。旦那さんと結婚する時に子供はいらないんだって旦那さんの意思表示みたいなものはあったの?」
「無かったかな。というか私は当然の様に2人の間に子供が居る家庭像が頭にあったからそれをわざわざ彼に聞くなんてしなかったしね。彼も私と同じ気持ちだとも思っていたわ。」
「結婚したんだもんな。普通そうだよな。」
「だからそれを聞いた時愕然としたの。私はお母さんになれないって。こんな事闘病中のお母さんになんか心配掛けるから言えないし、私に赤ちゃんが出来てお母さんにその可愛い姿を見せる事が出来たのなら病だって良くなるんじゃないかなとか思ってみたりしてたの。ずっと胸の奥に引っ掛かったままで凄く苦しかった。だけどこうして礼二に吐き出せて少し心が軽くなったわ。ありがとう礼二。」
「それなら良かった。話位なら幾らでも聞くからさ。」
「本当に?嬉しい。たまに電話しても良い?」
「あぁ。」
「ありがとう。」
「あ、さっきのお見舞い小百合の分もあるから食べて。」
「そうなんだ。じゃあ頂くわね。」
席を立つ小百合はさっきの重たい空気とはまるで違う軽やかな雰囲気で冷蔵庫に向かった。
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