突然の

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「やっ、止めて下さいよ小百合さん。」 私は口角をキュッと上げてズンと重い胸で息をしながらそう言った。 「礼二と私が?はは。何ですかそれ。」 小百合さんに言葉を掛ければ掛ける程に辛くて。 「ただの雇われボディーガードですよ?」 そんな粗末な言い方なんてしたくない。 「確かに口うるさいみたいだと思った事もありましたねちょっと前に。小百合さんの感じた事と合ってましたね。」 「そう…。」 小百合さんは少し安堵した表情を見せた。 「私のやる事なす事全てに一々口を挟んできては喧嘩してましたし1人になりたいと思う事も沢山ありました。もうあれですよ、あの…そう、口うるさい兄貴を通り越して家の親みたいな。そんな存在になってますねもはや。その親に反抗期を迎えているんです私。」 礼二の存在は親でも兄貴でも無い。 「なので…だから…。」 自分の言葉が苦しくてつい涙が上がってきてしまう。 「心配しないで下さい。」 その一言を何とか絞り出した。 すると小百合さんはうんとゆっくり頷いて残りのコーヒーを口にした。 その時ガチャリという玄関扉の音と共に開けっ放しだったリビングから礼二の姿が見えた。 「小百合来てたのか。早かったな。」 「あ、そうなのよ。用事を済ませて来たから連絡した時間よりも早めに着いちゃって。インターホン鳴らしたら雅さんが開けてくれたの。」 「そうか。小百合なら許す。」 私を見るなり礼二は怒らずそう言った。そして礼二はダイニングテーブルの上に置かれたお重を見ながら小百合さんに。 「蓋開けてみたらびっしり入っててどれも美味かった。ありがとう。夕飯作らずに済んだ。」 「良かった。お役に立って。あっ、そろそろ私帰らないと。お母さん待ってるから。」 「じゅあ駅迄送るよ。」 席を立つ小百合さんに向かって優しくそう言う。 「大丈夫よここで。」 「送るから。」 「…分かった。お邪魔しました。」 「はい…。」 そうして2人は家を後にした。 小百合さんが帰り自分の部屋に戻った私は洋服が散乱するベッドに雪崩れ込む。 カチカチと壁に掛かった時計から時を刻む秒針の音が耳に入る。 そして今もあの2人はこの時を一緒に過ごしているんだ。 …これ。あげられないな。 顔を上げたその直ぐ下にはいつの間にか自分でも驚く位の大きな濃厚なグレーのシミが出来ていた。
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