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「すみません。オーダーお願いします。」
「はい。かしこまりました。」
「すみませ~ん。お冷や下さ~い。」
「ただいまっ。」
「高嶺さん、フカヒレラーメン上がったよ。」
「今行きますっ!」
はぁはぁ…。
「高嶺さん。休憩行って大丈夫よ。これでもさっきよりかは空いてきたから。順番に行かないと行き損ねちゃうからさ。」
「はい。すみません。お先に頂きます。」
今日は近くの競技場でサッカーの試合があるそうだ。地方から泊まりでホテルを利用して下さるお客様のおかげで平日ではあったがとても忙しかった。空いた時間を見つけてはやっと休憩に行けるといった感じだった。堺さんに言われて私はロッカーに行き鞄を取ると裏口を出て何時ものあの場所に向かった。きっともう礼二が上で昼寝でもしているんだろうと思いながらいた私はひょこっと階段の上を覗いてみるが礼二の姿は無かった。周りを見渡してみてもまだ礼二は来ていない様だった。私はとりあえず貴重な休憩時間を無駄にしたくなくて礼二が気になってはいたけどお昼ご飯を食べる事にした。ビニール袋からサンドイッチを出してパクパクッとかじりつきながら片手でスマホを操作する。泰幸君に転勤が決まって引っ越す話をしておきたかったのでその旨の内容で文章を打ち送信した。
ブブブッ。
すると直ぐに返事が届いて目を通すとやはり驚いたみたいで今夜会いたいと誘われた。シフト的に今日は早番で上がれるので私は泰幸君に待ち合わせ場所と時間を聞いて会う約束をした。
「泰幸君と会うのか。」
バッと後ろを振り向くと柵の外側で私のスマホを後ろから盗み見ている礼二が居た。スウッと煙草を吹かし顔を見れば何だか機嫌が悪そうな感じだった。
「ちょっと、、勝手に見ないでよっ。ていうかいつの間に。」
「後でどうせ俺に言うんだから同じ事だろ。20時にそのワインバーに行くんだな。」
「そうよ。また遠くに離れててよね。」
「バーだからな。遠くって訳にはいかないかもな。」
「えぇっ!?じゃあ、変装してよ。サングラスかけるとか帽子被るとかさ。」
「…しょうがねぇな。面倒くさっ。」
「とにかくやってよねっ!絶対よ。絶対。」
私は礼二に念を押してなんとか受け入れてもらった。
カチャッ。
「これで良いか?」
「はっ…。」
胸ポケットからサングラスを取り出して掛ける礼二の手つきが妙に色気を感じさせた。するとそのままグルリとこちらへ回って来て『危険。立ち入り禁止。』の張り紙を長い足で優々とまたぐと階段を上り私の横に腰を下ろした。通勤電車の中でよく2人並んで座るけど他にも人は沢山いるのでこんなに近い距離で本当の2人きりになるのはあの日以来初めてだった。一気に緊張が走り何を話して良いのか分からなくなる。ふと横に居る礼二を見るとスッとした鼻に黒のサングラスが良く似合っていて思わず顔を背けてしまう。
「ふっ。」
「な、何っ?」
「いや…。」
礼二がまた意地悪そうに私を見下してくる。私ばかり意識して何だか悔しい。礼二はあんな事があったって平然としている。
「言ってたぞ。」
「言ってたって誰が?」
「酷い事言ったって。お前に。」
「あぁ…。」
「謝っておいて欲しいとの事だ。」
「うん。分かった…ま、私は産まれた時から既に高嶺ホテルの娘だからね。しょうが無いよ。」
「…何を言われたか知らねぇが身分を理由に物事を阻まれたり阻んだりするのは好きじゃねぇな個人的に。」
「え…。」
「お前は俺の前では成人したただの女だ。そう捉えているがな。」
そう言って胸ポケットから煙草を取り出して火をつけると深く吸い込みスウッと吐いた。
そんな礼二は何かを愛おしむかの様なそんな表情が横顔から覗えた。私はその礼二を見つめながら。
「礼二って自分を持ってるんだね。私なんか周りに流されてばかりだけど。礼二に言われてモヤが取れた気分。ありがとう。」
「俺は自分を信じてるし俺に関わる大切な人達も信じ護ると決めている。それはこれからも揺るがない信念だ。」
「そうなんだ。」
初めて礼二の心の声を聞けた気がしてとても嬉しかった。意地悪なだけじゃ無かった。熱い一面もある男なんだと。
「お前時間大丈夫か?」
「はっ!?」
そして私はおにぎりも口に運びお茶でグイッと流し込むと少し早いが忙しいので後半の仕事に戻っていった。
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