迷い

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「もしもしお母さん。転勤の連絡?」 「あ、雅。そうそう詳細連絡。えっとまずは…あぁそうだ。転勤先は高嶺ホテル恋花(れんか)。それから雅の住む家なんだけど会社が借り上げてるアパートがあるからそこに引っ越す事に決まったわ。ホテルから近くて便利な場所よ。コンビニも近いしね。」 「へ~。それは嬉しいな。」 「でしょ?恋花は内装が高嶺ホテルの中で一番華やかで素敵なの。雅行った事無かったわよね?」 「うん。まだ無いよ。あとさ、レストランのマネージャーさんには私の事色々話はしてくれたんだよね?ほら、特別扱いとかしなくていいとかそういう話。」 「あぁそうね、うん、それは確か礼二君がしっかりして…あっ、違っ、、」 「えっ?何で礼二が出てくるの?関係無いよね私の仕事に礼二は。お母さん?」 私は少し詰め寄った言い方でお母さんに言った。 「あのね。実は内緒にして欲しいって言われてたんだけど雅の今回の転勤の話、礼二君からの提案だったのよ。」 「えぇっ!?」 「どうしてっ!?どうして礼二が私を転勤させないといけないのよっ。お母さん教えてよっ!」 「それが雅の今後の為だからって言われて…確かに雅のスキルアップにもなるからと思って了承したの。」 「だからって何でお母さんからじゃ無くて礼二が私にそんな事させるのよっ。意味分かんない。」 「お母さんも正直驚いたわ。まだそっちのレストランで働き出して1年そこそこだったから。だけど礼二君がどうしてもって。雅の為だからって。雅の側に何時も居て見守ってくれているそんな礼二君はお母さんよりも今の雅を分かってくれてる気がしてね。」 「けど…。」 「ま、こっちのレストランと同じ位忙しいし料理の事も学べるんだから頑張って雅。じゃあね。」 そう言ってお母さんは電話を切った。お手洗い中に響いた私の高ぶった声を誰かに聞かれた様な気がして一つ一つ個室を見て回ったが人は居なくて安堵した。だけど沸々と怒りがこみ上げてきてこのまま泰幸君と駅までだって一緒に帰れる余裕も無さそうだった。私はなんとか笑顔を作り席に居る泰幸君に今日は買い物をして帰るからと伝えその場で別れて帰る事にした。そして私はクルリと泰幸君に背を向けカツカツとヒールを鳴らしながらお店の外へ出た。その数秒後に決まって礼二が私を追いかける様に何時も出てくる。その礼二をドンと構えて待ち構える。すると礼二が出てきた。 「おや~?泰幸君はどうした?」 「…ちょっと来て。話がある。」 私は礼二を人通りの少ない路地裏に連れて行き難しい顔付きのまま話し始める。 「私の転勤話…あれはお母さんが勧めたんじゃ無く礼二が言い出したって本当?」 「あぁ。」 …っ! 「どうしてそんな事したのよっ!第一私の仕事に関しては礼二が口を挟める立場じゃ無い事ぐらい分かってるはずよ。」 「だな。」 「私のスキルアップの為みたいだけどそれを心配するのは礼二じゃ無い。家の親よ。しかもまだ1年しか働いてない職場でやっとホールの仕事も板についてきた所だって言うのに…転勤なんて私のプライベートだってあるのに相談すらせず勝手に関係無い礼二が決めて。こんな失礼な話納得出来ない私。」 私は礼二に力強い目線で訴えた。 「言っちまったもんは引っ込められねぇ。諦めろ。」 「はぁっ?」 「はぁっ?じゃねぇ。良いか、この転勤はお前にとって大チャンスなんだぞ?一流シェフが働くあのフレンチレストランでお前みたいな素人が側で仕事させてもらえる事に感謝しろよ。それを勧めた俺にもな。」 「恩着せがましい。頼んで無いわよ一切。ってか大迷惑もいいとこだから。私はね、あの職場でまだ数年は働きたかったのっ。厨房との連携もやっとつかめてホールの皆とも良好な付き合いが出来ている所だったのにそれなのに貴方はっ…。」 「ふっ、大迷惑?どの口が言ってんだ。」 「何よ。」 「お前、最近俺への態度変えたよな?あんまりしゃべらねぇし。何でだ?」 私は礼二と必要以上の会話はなるべくしないようにしていた。 「さ、さぁ。知らないよ。」 「何なんだよ。よそよそしくしやがって。やりにくいったらありゃしねぇ。」 「何でもないからっ。」 「そんな訳ねぇだろ。その態度マジ迷惑なんだよ。普通にしろ。」 「あれよ、マリッジブルーよ。ちょっと早いけど。」 「は?意味わかんねぇ。その言葉言いたいだけだろ?私も他の女子と一緒で繊細なんですってな。ははは。」 「礼二の…礼二の馬鹿っっ!大っ嫌いっ。」 私はありったけの大きな声でそう言い放つとドンッと礼二を突き飛ばし涙で濡れた顔を行き交う人達に見られない様に手で隠しながら駅に走った。 ──────────。
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