君を想って

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ストレッチャーに乗せられた礼二は車内に入るなり体に沢山の物を付けられ救急隊員の人が礼二に向かって声を掛けている。でも礼二は黙ったままで体はピクリともしなかった。出血している箇所に止血の処置を施してくれるけど直ぐに血が溢れ出てくる。体に付けられたコードの先のモニターはけたたましい音をたてている。小刻みに震える体で立ち尽くしていると救急隊員の人に声を掛けられて私も礼二と一緒に救急車に乗り込み病院へと向かった。 病院へ着くと礼二は手術室に運ばれていった。私は廊下のベンチシートに座り込みただただ礼二の処置が終わるのを待った。一時間、二時間…私は礼二の血が付いたままの手をギュッと握りしめていた。 あの時あの老人は両手に地図しか持っていなかった。だけど刃物で礼二を刺した事には間違いない。だとすると袖の中か何処かに刃物を隠し持っていて私を刺すつもりで私を庇った礼二を刺してしまったという事になる。私を刺すつもりで…。私を狙っていた?考えただけでゾッとした。両親からは高嶺ホテルの一人娘である以上危険な目に遭う事も無いとは言い切れ無いと言われて育ちボディーガードをつけてもらっていた。前に車が暴走してきてひかれそうになった事があったけどその時の一度だけで後は平穏な日常を送ってこれた。なのできっとあれはただの偶然で気の荒いドライバーが運転する車にたまたま遭遇してしまっただけなんだと思い気にする事も無くなっていた。だけどもしあの時の事と今回の刺された事が関係していたとしたならば…。   礼二を待つ間私は自分が高嶺の家に産まれてきてしまった事を改めて深く考え直してしまっていた。何不自由なく暮らして来られたけれど一歩外に出てみればそんな私達を羨やむ人は居る。私達が当たり前に過ごせている日常はその人達から見れば随分とかけ離れた日常なのかもしれないと。けれどお爺ちゃん達は高嶺ホテルが出来上がる迄に相当の努力をし時には借金を抱えながら今こうして立派に成長を続けて来られている訳で。なので誰かに与えられた物でも無く自分達で築き上げて来た結果なんだ。その過程に耳を塞ぎ感情だけで妬みや逆恨みをしてくるのは本当に厄介で怖いと思った。 手術室のドアが開き先生や看護師さん達が出てきた。一人の看護師さんがこちらに近寄り別室で先生から話があると言われて私は教えてもらった部屋に向かった。 トントン。 「失礼します。」 「はい。どうぞおかけ下さい。」 私は緊張と不安の混在する気持ちを抱え椅子に座る。先生が私が座ったのを確認するとゆっくりと口を開いた。 「菊田礼二さんの手術が終わり集中治療室に運ばれました。」 後に続く先生の言葉に集中する。 「背後を刺され傷口が深くかなりの量の出血で現在も尚意識不明の状態が続いています。」   えっ…。 「お聞きしたいのですが菊田礼二さんのご家族の方ですか?」 「いえ…違います。」 「菊田さんのご家族の方に連絡はとれますか?」 「はい。」 「ではお願いします。」 「分かりました。」 先生に言われ私はまずお母さんに電話を掛け私達に起こった今夜の出来事を話した。お母さんはそうとう驚いていて私との会話でろくに言葉が纏まっていなかった。礼二のお父さんにも話をして少し声から動揺は感じたけれど最後迄しっかりと私の話を聞いていた。とりあえず礼二のお父さんだけ直ぐに帰国の手配をし、お母さんとお父さんは明日の打ち合わせが終わり次第帰国するとの事になった。その後お爺ちゃんにも電話を掛けて話をしたらお爺ちゃんも車で直ぐに来てくれる事になり私は再びベンチシートに腰掛けお爺ちゃんの到着を待つ事にした。
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