君を想って

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電話を切り礼二の血が付いたままの手をボォッと眺めていると廊下をカツカツと歩く音が聞こえてきた。 「今晩は。刑事の前田と申します。菊田礼二さんについてお話があります。今よろしいですか?」 見上げると警察手帳を持った年配の刑事さんが私の前に立っていた。私は小さく「はい。」と頷くと隣に腰を下ろして話を始めた。 まず最初に伝えられたのは礼二を刺した白髪の老人は先程自首をして来たとの事だった。老人は素直に取り調べに応じており私達に道を聞くふりをして地図の下に刃物を隠し持っていてそれを使って私を刺そうとしたが横から入って来た礼二に刺さり計画は失敗したと。やはり私が狙われていたのだと改めて自覚した瞬間だった。どうして私を狙ったのかは予想通りで高嶺家…高嶺ホテルに恨みがあったそうだ。 「雅。」 刑事さんと話をしていると再び誰かが近付いて来て目線を向けるとお爺ちゃんがボディーガードの門松さんと一緒にやって来た。 「礼二の容態はどうなんだ?」 「あれから変わってないと思う。今刑事さんと話してて。」 「そうか。雅は大丈夫なのか?」 「うん。怪我はしてないよ。パニック状態にはなったけど。あ、そうだ。お爺ちゃんも一緒に刑事さんの話聞いてくれるかな。そうしてくれた方が私も安心するんだけどな。」 「そうだな。分かった。」 そう言って私の隣に座り三人で話の続きを始めた。礼二が意識不明のままと聞いて冷静に刑事さんの話を聞ける自信が持てなかったから。 犯人の名前は古賀義郎。昔小さな宿を経営していた。知名度は無いにしてもそこそこお客は入っていたそう。だけど近くに高嶺ホテルが出来た途端に客足は減り経営難に陥ってしまったという。家族とはバラバラになり借金を抱え自殺も考えたそうだ。結局借金返済の為に宿を手放しその後は町の工場で地道に働いていた…が、何年経っても当時味わった苦しみは忘れる事が出来ず毎日毎日心の隅で思い出していたそう。それが何時しか大きくなり爆発した。それでこの事件を引き起こしたという訳だ。 「民宿…古賀?」 「お爺ちゃん知ってるの?」 「そうだそうだ。民宿古賀だ。思い出した。高嶺ホテルの近くに建っていて駅へ行くのにその前を通るんだ。あの民宿だったのか…。」 お爺ちゃんは少し悲しそうな表情を浮かべながら思い出していた。 「お爺ちゃん。もしかして知り合いだったの?その人と。」 「いや。一度挨拶には伺ったがそれっきりだ。とても感じの良い方だった。そんな人がこんな事件起こすなんて信じられないな。」 「そう。良い方だったの…。」 「高嶺ホテルを大きくしたいとそればかりを追い求めていたが知らない所で涙を流し人生さえも変わってしまう人達が居るという事を一日だって忘れてはいけないんだ。だからと言ってその人達が何をしても良いという事にはならないがな。」 「そうね…。」 お爺ちゃんの話を聞いた私の心は複雑だった。古賀さんの気持ちも分からなくはないけど、けど古賀さんは礼二を刺した。それは事実だから。 「礼二…大丈夫よね。」 「大丈夫。礼二はこれからも雅を護っていってもらわないといけないからな。わしが死なせない。」 「お爺ちゃん。」 「ではまた分かった事などありましたらご連絡します。菊田さんの回復を願っています。」 「ありがとうございます。」 話を終えた刑事さんは帰って行った。 私とお爺ちゃんは礼二の居る三階の集中治療室に上がって行き廊下のベンチシートに腰掛け礼二の目覚めを朝日と共に待った。
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