君を想って

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病院の清潔感を感じさせる白いカーテンの隙間から朝日が差し込み朝が来たのだと分かった。礼二についてくれていた看護師さんに聞いてみても礼二はまだ目を覚ましていない。お爺ちゃんは高齢でもあるので一度自宅へ帰って休んでもらう事にした。私は今日も仕事がある。勿論出勤するつもりではいるが礼二の側に居たいとどうしても思ってしまう。私が側に居ない間にもし礼二が…何てそんな最悪な事を考えずにはいられなかった。私は看護師さんに仕事に行くと伝えて急変したら電話を入れてもらえるようにお願いをして自宅へ戻った。 家に着くとササッとシャワーを浴びてから仕事に行く支度をした。リビングに行ったけど何時もみたいにコーヒーを片手に新聞を読む礼二の姿は当然無くて焼きたてのクロワッサンの香ばし匂いも無く、かったるい朝に私を余計に不機嫌にさせてくる意地悪な言葉も聞こえて来ない…。私はそんな事を思いながらキッチンへ行きコーヒーメーカーの電源ボタンを押す。ふと見ると私と礼二のマグカップが並んで置いてある。私はスッと手に取りのマグカップをセットしコーヒーを入れた。これは私なりの掛けだった。今日から毎日礼二の物を私が使う。まるで礼二がここに居てあたり前の様にそれらを使っているみたいに。だって礼二はまだ生きている。そうする事で礼二がまた目を覚ましてくれる気がするから。 礼二は死なない。 ────────二週間後。 「…うん。そんな訳で暫くは…うん、ごめん。ありがとう…じゃあまた。」 私は休憩を利用して泰幸君と電話をしていた。泰幸君に食事に誘われていたけど礼二の事で今は私自身気持ちがそっちに向かなかった。事件の事を泰幸君に話したら私を気遣ってくれて落ち着いてからまた会おうと言ってくれたのでそうさせてもらう事にした。最近日を余り空けずに会っていたので少しペースを戻すのにも丁度良かったのかもしれない。 あれからもう大分時間は経ったけど礼二は眠ったまま。徐に鞄から礼二の胸ポケットに入っていた煙草とライターを取り出し一本口に挟んで火を点ける。スウッと礼二の真似をして吸い込んでみる。 ゴホッ、ゴホッ、、 直ぐに咳き込み上手く吸え無かった。火の点いたままの煙草を下に置き立ち上る煙を眺めながら短くなるまで待つ。ふと立ち上がり階段の柵から体を乗り出して上を見上げる。 「礼二っ。」 返って来ないと分かっていて、だけど返事を待ってしまう。 …。 私との電話の後礼二のお父さんと数日後に両親も帰国して礼二の様子を見に来ていた。たまに礼二のお父さんに病院で会うけど日に日に頬が痩けていくのが分かった。それを目にする度に私は礼二をこんな風にしてしまったのは自分のせいでは無いとは思えず消えてしまいたいと思う程だった。 「長井さん。お疲れ様です。」 仕事を終えた私は裏口に出ると礼二が回復する迄の間、代わりのボディーガードをしてくれる長井さんに声を掛けた。 「雅様。お仕事お疲れ様です。お荷物お持ちしましょうか?」   「え?いや、大丈夫だよ。着替えしか入ってないし軽いから。」 「承知しました。」 長井さんは私を女性扱いしてくれる。礼二にこんなに上品に扱われて来なかったからその都度戸惑ってしまい上手く甘える事が出来ずにいた。 「雅様。今日も病院へ行かれますか?」 「うん。行くわ。」 「承知しました。」 例え仕事で疲れていても10分しか会えない日があっても遅番を除いて私は欠かさず病院へ行った。ここ数日前から病室にも入る事が許されていたので眠ってはいるけど礼二の顔色位は側で確認する事が出来た。あの夜の顔面蒼白の顔から血色を取り戻していた。 長井さんと電車に乗り二つ先の駅に礼二の病院はある。幸い現場から割と近い病院へ運ばれたので処置も早かった。たらい回しにされていたら今頃どうなっていたか。だけど礼二は一向に目を覚まさないでいた。
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