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礼二の一日はこうだ。朝私の家に来て一緒に電車で出勤する。お祖父ちゃんから車を与えられているけれど両親があえてそれを使わずに電車通勤を薦めた。そうしたのは社会人としての経験を周りと同じ様にさせたいからだった。ホテルに着きレストランで働いている間も私から見えない何処かに居てくれているらしくその詳細は教えてもらってはいない。で、長い勤務時間の後にさっきみたいに裏口辺りで合流して私と一緒に再び電車に乗り自宅に送り届け一日が終わるという流れだった。そして今日も礼二は私を送り届け私が玄関扉に入り姿が見えなくなるのを確認すると帰って行くのだった。
「ただいま。」
「あら、お帰り雅。」
まだスーツ姿のお母さんがリビングから迎えてくれた。
「お母さんも今帰ったとこよ。お父さんはお風呂。」
「そうなんだ。」
「そうだ。雅。少し話せる?」
「うん。大丈夫だけど。」
お祖父ちゃんの代からある深い茶色で重厚感のあるダイニングテーブルに移動し椅子に座るとお母さんも真正面に座り話し出した。
「あのね。実は前々から計画していた海外の方の話を詰めたくて来月からお父さんと何回かに予定を分けて暫くの間向こうに行く事に決まったの。最初はまず1ヶ月位だと思うわ。」
「わぁ。海外…。」
「そう。それでねその間雅が家で一人になってしまうから礼二君に寝泊まりしてもらおうかと思ってるの。」
「礼二にぃっ!?でも斉木さんがいるじゃない。」
「斉木さんも一緒に連れてっちゃうからそう決めたのよ。向こうでも斉木さん居てくれないとお父さんもお母さんも困っちゃうから。」
「えぇ~。」
これ以上無いっていう位の残念顔でアピールしてみせる。
「やだ、そんな残念な事無いじゃない。だって身の回りの世話は礼二君に頼めば良いし斉木さんと何ら変わりは無いわよ。」
「そうだけど…。」
お母さんは分かってないからそんな風に言えてしまうんだ。礼二が私にどれだけの態度で接しているか。しかも礼二が私と一つ屋根の下で生活なんて夜の貴重なプライベートは残念ながら皆無だ。仕事で帰って来て礼二の目からも解放される唯一の自由な時間なのに。1ヶ月という長くて窮屈な時間を過ごすはめになるなんてそんなの嫌だよ。
私はお母さんとの話を終えるとしょんぼりと肩を落としながら2階の自分の部屋に向かった。部屋に入るなり鞄を持ったままベッドに身を任せ倒れ込んだ。徐に鞄からスマホを取り出し通知を確認していると泰幸君からのメッセージが入っていた。
3/15(木)祝日。
三つ石駅東口に17:00集合。
高嶺来れたら嬉しいよ。─────
今度の詳細連絡だった。私はガバッと体を起こして直ぐさま文章を打つ。
泰幸君。連絡どうもありがとう。
15日休みが取れて行ける事になったよ。
私も会えるの楽しみにしてるね。─────
送信っと。
『高嶺来れたら嬉しいよ。』だって。
スマホを胸に握りしめベッドの上で足をバタバタさせ心の中で絶叫した。泰幸君から嬉しいなんて言ってもらえて舞い上がらない訳が無くもう最高にハッピーだった。さっき迄のどんよりした気持ちが嘘みたいに晴れていったのだった。
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