君を想って

9/13
前へ
/137ページ
次へ
その日は仕事が休みで私は家に居た。午後からゆっくりと礼二に会いに行こうと思っていた時トントンと部屋をノックされた。 「はい。」 「雅。ちょっと入っても良い?」 「うん。」 朝からお母さんが話なんて何だろう。 「朝からごめんね。これから外出?」 「ううん。午後から礼二に会いに行くから大丈夫だよ。どうしたの?」 「そう。その礼二君の事でもあるんだけどね。」 「うん…。」 「今回こんな悲しい事件が起こって怪我を負わされたのは礼二君だけどでもターゲットが雅だった訳で雅自信どう思ってるのかなって親として心配してるのよ。」 「ありがとう。」 「お母さんが若い時はこんな事件一度も起きた事無かったから雅が今どんな感じで過ごしているのか気になってね。けど仕事には行けているみたいだからそこまでじゃ無いのかなとは思ってるけど…大丈夫?雅。」 「大丈夫。それよりも意識不明のままの礼二の方が心配ではっきり言ったら自分の事よりもそっちの方が遙かに心配。」 「気持ちが落ち着く迄暫く仕事休んでも…なんて思ったけどそれなら分かったわ。そうね。雅が毎日礼二君を思ってあげる事できっと礼二君の励みになっているはずよ。お母さんも礼二君を思ってるからね。」 「分かった。礼二に伝えておくね。」 「じゃあお母さんこれから仕事で外出するけどくれぐれも外出る時は注意してね。長井さんにも言っておいたから。」 「もう無いと思うけどね、こんな事。」 「まぁね。じゃね。」 パタン。 話を終えるとお母さんは仕事に向かった。こんな事件高嶺家にとって初めてでだからお母さんも私を気に掛けて話に来たんだ。確かに自分が狙われていると知ってかなり怖かったし動揺もした。そして高嶺家の娘という立場を更に深く理解する事になった出来事だった。だけど私なんかよりも私を庇い苦しんでいる礼二を見たらそんなの比じゃ無い。一番辛い思いをしているのは礼二なんだ…。 私はお昼ご飯をある物で簡単に済ませると支度をして家を出た。長井さんに念のため車をと勧められたけど断ってしまった。だってこれからやって来るしれない相手に負けてる気がしてそんなの嫌だったから。変な私の負けず嫌いが発動していた。なのでいつも通り長井さんに家迄迎えに来てもらって二人で歩いて出発した。今はお母さん達が帰って来ているし家政婦の斉木さんも居るので長井さんは泊まらずに通いになっている。 駅に着くなり飲み物を買いにコンビニに寄った。奥に進みお茶を掴んでレジに並ぶ。自分の順番を待つ間レジ前の棚を眺めていると飴やガムが隙間無く並べられていた。ふと思い立ちレジの列から外れお菓子コーナーに行き手のひらサイズの箱に入ったキャラメルを手に取り再びレジに並んだ。  会計を終えると外で待つ長井さんと合流し電車に乗り病院へ向かった。受け付けをして病室に行くとガラッと音がして誰かが出てくる気配がした。 「先生…こんにちは。」 「あぁ。あの時の。」 あの日私に礼二の状態を説明してくれた先生だった。その後は礼二のお父さんが対応していたから先生とは久しぶりに会った。すると私を見るなり先生がニコリと笑い言った。 「菊田さん。今日も顔色良いですよ。」                                                           「良かったです。話せないからいつも顔色で判断してるんです。」 「そうだったんですね。きっと本人も目覚めたがっているかもしれないので声掛けてあげて下さい。」 「はい。そうします。」 そう言うと先生は仕事に戻って行った。私は先生と入れ替わる様にして病室に入り礼二を真上から覗くと先生の言った通り今日も顔色が良かった。私はベッドの横の椅子に座り鞄の中からコンビニの袋を取り出しお茶を流し込んだ。一息つくと今度はキャラメルのビニールを剥がし箱から一粒出して口に放る。礼二に強制的に食べさせられてから久しぶりのキャラメルの美味しさに改めて感動しまた食べたくなったのだった。 これ少し溶かすともっと美味しいのよね。 私はもう一粒出して自分の手の中に包み込む。数分間待って指で押してみるとムニッとうっすら形を変えた。 「礼二。ほら見て。ちょっと柔らかくなってこれきっと食べ頃だよ。」 私はそう話し掛けるとそのキャラメルを礼二の鼻の前に持っていく。 「良い香りするでしょ?そう言えば前にもっと溶けたキャラメルあげた事あったよね。あれは溶けすぎだったけど。」 キャラメルを離すと礼二に食べてもらいたくて力の無い無防備な手に握らせた。 「これ。またあげるから後で食べてよね。甘いの食べると元気になるし気分も晴れるのよ。」 キャラメルを握らせた手が開かない様に少しの間両手で私も包み込む。 私の手に…体に触れた礼二の手は変わらず温かくてその細くて綺麗な指は今にも器用に動き出しそうだった。 ポタッ…。 あれ…どうして泣いてるの私は。今泣く所でも何でも無いのに。 そう自分に呟いた途端ずっと閉じ込めていた涙が一気に溢れ出した。 何時までも止まってくれない涙を礼二に見られているみたいでバッと顔を伏せて包み込んでいる手の甲で涙を拭った。 …? 礼二っ!? 私はナースコールを押した。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

455人が本棚に入れています
本棚に追加