君を想って

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バタバタと先生や看護師さん達が病室に入って来る。私は先生達の邪魔にならないように病室の恥におろおろしながら立っている。 「菊田さんっ、分かりますか!菊田さんっ、菊田さんっ。」 先生がはっきりとした声で礼二の名前を何回も呼ぶ。処置を施している間私は自分の手を見つめさっきの手の感触を確かめる様に思い出していた。 礼二の指が私の手の中で動いた。 間違いない。ピクッと跳ね上がる感触があった。 「菊田さん…分かりますか?」 突然先生の声が穏やかになった。 「高嶺さん。ここへ。」 先生に呼ばれて少しずつゆっくり礼二に近付く。 「みや…び。」 礼二は目を覚ました。 まだ弱々しい目で私を確かに捉えている。 「礼二…。おはよう。ちょっと寝過ぎなんじゃない?」 安堵の涙を堪えながら第一声はそんな言葉を礼二に伝えた。 「寝坊か。ボディーガード失格だな。」 小さな声ではあったけど何時もの礼二の口調に堪えていた涙が流れ落ちる。 「うっ、ううぅっ…わぁぁっ!」 「泣きすぎだ。バ~カ。」 はは…っと控え目に笑い私も泣きながらつられて笑った。 私は一旦廊下に出て皆に連絡をした。特に礼二のお父さんは聞いたことの無い高い声を張り上げて息子の回復を喜んでいた。だけど私は一つ後悔していた。礼二が刺されたあの夜病院に着いた時点で直ぐに連絡を入れれば良かったと。あの時あの現場を目の当たりにした私は気が動転してしまっていた。けどそんな時程しっかりしなければならなかったと。 「礼二のお父さん。ごめんなさい。」 「どうしたんですか?」 「私あの時礼二が刺されて血が溢れ出てるのを前に気が動転してパニック状態でそちらに連絡するのが少し遅くなってしまったなと後悔していました。もっとしっかりしなければいけないのに。未熟でした。」 「何を言ってるんですか雅さん。」 「えっ?」 「連絡をもらわなかった訳でも無いですし連絡がどうこうなんて気にしないで下さい。第一私は海外に居ましたしね。」 「そうですけど礼二が大変な時だったっていうのに私は…。」 「雅さんを護る事が礼二の仕事です。その礼二はあの夜雅さんを護る事が出来たんですよ。父親の私から見ても礼二はボディーガードとして立派でした。誇りに思っています。なので雅さんはそんな礼二を褒めてやって下さい。そして私達の身分の者にこうして誠実に向き合って下さる雅さんに感謝申し上げます。」 私はホッとした。それに礼二のお父さんは電話の最後私に感謝の言葉を述べてくれた。礼二も礼二のお父さんもきちんと仕事を熟す私と同じ社会人だ。雇い主はこちらだけど身分がどうとかなんて気にした事など無い。 礼二の回復を報告し私は病室に戻った。 「さっき菊田さんが起きたがってるんじゃないかって話してた所だったんですよ。」 病室に入るなりまだ居た先生がこちらをみながら言ってきた。私はうんと頷いて見せた。 「そうだったんですか。こいつ俺の悪口言ってませんでしたか?」 「まさかまさか。菊田さんを心配で仕方が無いという感じでしたよ。ね?」 「えっ、、いや…はは。」 「菊田さんが目覚めて私も安心しました。傷口が深くかなりの出血で一時は危なかったりもしましたがこれは菊田さんの生命力が勝ったという事ですね。それにこんな可愛いらしい彼女さん残して先には逝けないですもんね。」 「彼女じゃ無いですっ。」 「あはは。それは失礼。でもお似合いですよ。」 「先生。大丈夫ですか?目ん玉。」 「礼二っ!?」 「ではまた様子見に来ますね。」 パタン。 相変わらずの礼二がやっと戻ってきた。待って待って待ちくたびれた。だけど私は信じていた。皆を置いて先には逝かないって。それに私はこれからも礼二に護っていってもらわないといけないんだから。
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