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「なんかしんみりとしちゃったな。ごめん。」
「ううん。」
「折角久しぶりにこうして会えたのにな。予定が狂った…かなり。」
「かなり?」
「はは。」
泰幸君の家の話はそれ以上お互い口にする事は無く残りの時間はワインと食事を楽しみ二人の仕事の話などで時間を過ごした。泰幸君の顔付きも柔らかくなり何時もの泰幸君を取り戻していた。
やがてお店の閉店時間が近付き私達は店を出た。
「今日はなんか悪かったな。」
「全然だよ。またね。」
そう言って二人は駅の改札で別れた。
今夜泰幸君と会ってみて自分の中で心境の変化、つまり泰幸君と結婚云々という域に迄は至らず、それよりも泰幸君がお父さんを思う気持ちやお父さんの頑張ってきた姿勢に心を打たれ情みたいなもので胸がいっぱいになっていた。けれど私がきっかけではあったけれど借金の事を正直に打ち明けてくれた泰幸君が嬉しかった。
私と泰幸君。
お母さんの言う通りもう少し時間を掛けながらでないと答えがでないかもしれない。
「ただいま。」
「おぉ。」
玄関を開けると何故だか礼二が立っていた。
「何してるの?」
「何もしてない。抜糸はしたが。」
「そ、そう。良かったね。」
「会って来たのか?泰幸と。」
「うん。」
「あの話を聞いた後で会ってみた訳だがどうだったんだ?」
「話の流れで家に借金がある事話してくれたの。なんか詳しく話聞いてたら同情というか何というか…ちょっと悲しくなった。」
「そうか。」
「でもその感情は泰幸君だからじゃなくてきっと菜々子や身近な人がそういう立場だったとしてもこの気持ちは生まれてたと思う。特別じゃ無い。」
「成る程。お前なりに冷静に分析した訳だ。」
「うん。今夜は泰幸君から話を聞きたいと思っていたからね。」
「ふぅん。」
「だけど。今日話してみて泰幸君のお父さんへの誠実な思いは伝わった様に感じたかな。家の借金の話始めた時はちょっと焦ってはいたけどその後の話を聞いたらあれはなんか違う気もするし。」
「ま、まだ何とも言えない状況みたいだな。お前的に。」
「また話していってみるよ。私の事本当はどう思ってる?なんてストレートにはとても聞けないし。」
「そうだな。がっつき過ぎて変に話が拗れても困るしな。」
ふと抜糸をしたという礼二の腹部に視線を落とす。
「明日から復帰出来そうなの?」
「そのつもりだ。」
「…傷口。見ても良い?」
私がそう言うと礼二が裾をたくし上げる。
「綺麗な傷跡だろ?…っ、、」
「ごめん…なさい。」
私は傷口に触れながら呟く。
「手。冷てぇよ、お前。」
「あ、ごめん。じゃ、おやすみ礼二。」
「あぁ。」
礼二の傷跡をこうして見る度に私はこの家に産まれてきた事の意味を自覚していかなければならないんだ。
そんな風に思っていた時だった────。
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