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あの日から約一ヶ月泰幸君からの連絡は無かった。あんなにまめに会っていたのが嘘みたいにパタリと途絶えてしまった。借金の事があって私に顔を合わせる事を躊躇っているのかなと考えていた。
そんな時。
「いらっしゃいませ…あ、泰幸君。」
「お疲れ。うわっ、なんか混んでるけど大丈夫かな?」
「うん。大丈夫だよ。あそこの奥の席が空くから少し待っててもらっても良い?」
「分かった。」
久しぶりに会った泰幸君の顔は痩せこけていて顔付きも何時もの感じと何か少し違って見えた。私は仕事が多忙なのだと一人でそう思いながら食器をトレーに乗せダスターでテーブルを綺麗に拭き取ると待っていた泰幸君を席へと案内した。
「ごめんな、急がせて。」
「大丈夫。仕事だから。」
「そっか…あ、何時ものお願いします。」
「かしこまりました。」
私はテーブルをリセットするなり直ぐに注文を受けまた次のお客様の席をリセットしてと泰幸君が来店してからそっちに気を配る暇も無い程にホールを動き回っていた。いつもなら泰幸君に私が料理を運んで行くのだが余りの忙しさにふと気が付いた時には堺さんが泰幸君の席にフカヒレラーメンを運んでいた。
「お待たせ致しました。フカヒレラーメンでございます。」
「あ、はい。」
「こんにちは。ご来店ありがとうございます。」
「どうも。」
「これ何時も頼まれてますよね?」
「はい。初めて食べた時から気に入ってしまって。」
「高嶺さんも居ますしね。」
「あぁ…はい。」
「あ、すみません、余計な話して。私、同僚の堺と言います。」
「いえ全然…あのつかぬ事をお聞きしますがこちらの従業員の方って裏口みたいな所から出入りするんですよね?」
「はい。お客様とは別々の出入り口があります。従業員専用の。」
「そうですか。分かりました。」
「この後何かご予定でも?」
「いや…。」
「あっ、もしかして高嶺さんへのサプライズですか?誕生日?って、やだ、また余計な話。」
「はは。」
「色々聞いてしまってすみません。仕事に戻りますね。ごゆっくりどうぞ。」
「高嶺さん、高嶺さん。」
「はい、あ、堺さん…ふぅ。」
喉の渇きに耐えきれず奥に引っ込みパーティションに隠れてペットボトルの水を流し込んでいると堺さんも飲み物を求めてやって来た。
「今日はまた一段と忙しいわよね。」
「ですね。あの、運んでもらっちゃってありがとうございます。」
私は泰幸君の席を下の方で指差す。
「ごめんね。忙しかったから私流れで運んじゃって。」
「いえ。」
「ちょっと彼と会話しちゃったわ。今大体料理も出てお客様落ち着いてるから少し行ってきたら?」
堺さんもペットボトルを手に顔をクイクイとさせ私を促す。
「じゃあ…ちょっとだけ。」
ペットボトルの蓋を閉め棚に置くと私は泰幸君の席へと向かった。
「泰幸君最近仕事忙しかったの?なんか痩せたよね?」
「そうか?あまり自分じゃ分からないけど。高嶺は今日も忙しそうだな。」
「すみません。デザートお願いします。」
「はい。かしこまりました。」
忙しい合間を縫って来れたと思いきやまた直ぐに呼ばれてしまい会話が続けられない。
「ごめんね泰幸君。私行くね。」
「全然良いよ。これでお終いだし。」
ニコリと笑みをくれた泰幸君。ふと器に目を落とすとスープに沈んだ麺がうっすら見えていた。
「…あ、ラーメン、うん。またね。」
泰幸君に申し訳ない気持ちを抱きつつも私は呼ばれたお客様の席へと向かう。
───────。
「あの、堺さん。」
「はい。」
「さっき高嶺に伝え忘れた事があるのを思い出したので正面エントランスで待ってると伝えてもらっても良いですか?」
「あっ、はい。分かりました。後ほど伝えておきますね。」
「助かります。ではよろしくお願いします。」
───────。
「ありがとうございました。」
お客様の会計を済ませレジを離れようとした私に再び堺さんが声を掛けてきた。
「彼さっき帰ったんだけど高嶺さんに伝え忘れた事があるから正面エントランスで待っていると伝えてって伝言頼まれたの。」
「そうだったんですね。すみません堺さん。じゃあ仕事終わったら直ぐに行ってみます。」
「それにしても相変わらず爽やかな笑顔見せてくれるわよね彼は。ふふ。」
私はまだ知らなかった。
「そうですね。」
泰幸君という人を───────。
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