情なのかな

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パーキングエリアから車を走らせ多分三十分も経たない内に別荘に着いた。ここ一体は自然に囲まれた別荘地で家も間隔を空けて建っており明かりなど点いている家は無さそうだった。 「着いた。出て。」 私は車から出ると足取り重く家へと歩き出した。中に入ると直ぐにガチャリと鍵を掛けられた。その音を聞いた瞬間絶望感は増し二度と外には出られ無い気がした。靴を脱ぎリビングに通され何処でも良いから座って待っている様に言われた。泰幸君はそう言い残すと二階に行ってしまった。今なら逃げ出せる…けどもし失敗したら?少しでも勝手に行動すれば泰幸君の怒りに触れてしまいそうで泰幸君の指示がある迄じっとしているしか無かった。 礼二…。 私の電話に気付いていなければきっと今頃必死で捜索してるだろうな。もしかしたらお母さんとお父さん、それからお爺ちゃんに迄話がいっているかも。でも堺さんと会う事が出来て私が泰幸君と会っているという事実は掴んでいると思いたい。それに礼二もそれなりにプロのボディガードで泰幸君の事だって調べ上げる様な人だ。手掛かりは少なくてもきっとここへ助けに来てくれる。私が信じなきゃ礼二にだってこの思いはきっと伝わらない。 パンッ!と両頬を強く叩き後ろ向きだった自分に気合いを入れる。 「何してんの?眠くなった?まだ寝ないで。話すんだから今から…あ、コーヒーいれるから。寝られない様な特別濃いやつ。ふっ。」 そのクセのある話し方がかんに障る様になってきて吐き気がする。顔付きも態度も話し方も変わるなんてまるで二重人格者だ。 「お腹空いてるよな?冷凍のピザ食べるか?」 「…うん。」 カウンター越しに声を掛けられて私は素直に返事を返す。そう。こうして波風立てずに何でも応じてご機嫌取りをするんだ。そして気を許した泰幸君の隙を見て車のキーを奪おう。確か玄関のシューズボックスの上にキーケースを置いていたのを覚えている。だけどどうやって一人でここから玄関に行けばいい?御手洗を借りるとしても玄関を上がり直ぐにリビングの扉があって御手洗は無さそうだった。そうだっ、後はお風呂のタイミングを見計らって…。 「はい。先にコーヒー飲んでて。」 「ありがとう…。」 「リビングなんだしもっとくつろいでくれよ。肩に力入りまくってるぞ。」 「そ、そうかな。」 「あぁ…さっきみたいに掴んだりしないよ。」 「う…ん。」 はははっと笑いながらまたキッチンに戻って行くとタイミング良く焼けたピザをお皿にのせていく。チーズと生地の香ばしい香りが部屋中に漂ってきたが優雅に楽しむ気持ちも湧かずそれを今から二人きりで会話をしながら食べなければならないのかとげんなりした。 「コーヒー減って無くない?大丈夫だよ何も入ってないからさぁ。」 「まだ熱いかなと思って待ってたの。」 ピザののったお皿を手にこちらへやって来ると私の真正面に座り二人はピザに手を付けた。私は仕事が終わってから何も口にしていなかったけどこの状況の中で食欲など消え失せ口へただ運び入れていくという行為だけを繰り返していた。 「ふっ…何か話してよ。俺の方からしか話してないよなさっきから。」 「話…?」 あぁ…何だろう、この時間は。 「そう。」 「あの…お食事中に申し訳無いんだけど御手洗は何処にあるの?」 少しでも泰幸君の目から逃れたくて。 「あっち。廊下出て階段の横。」 「ありがとう。借りるね。」 私はピザを食べ終わると腰を上げ御手洗に行った。扉を開けパタンと閉めると私は何回も深く呼吸をした。あの張り詰めた様な気持ち悪い空気では息をするのもやっとな位だった。 トントン。 「高嶺大丈夫か?何してる?」 どうしてもう少し一人にさせてくれないのか。 「うん…大丈夫。今出るから。」 一人の時間は僅かしかもたせてもらえず仕方が無く泰幸君の元に戻る。 そしてソファに座り冷めたコーヒーに手を伸ばした時だった。 「これ食ったら交代で風呂に入ろう。そしたら思う存分話も出来るから。」 「分かった。」 「高嶺先に入って。」 返事とは裏腹に今お風呂になんか入りたくない。それに…。 「泰幸君、私今…あれの日で、だから、、」 「そういう事か。じゃあ待ってて。」 そう言うと泰幸君は風呂場に向かったのだった。
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