情なのかな

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本当はあの日でも何でも無いけどこのタイミングは絶好のチャンスだった。泰幸君は待っててなんて私に言い残してお風呂に入ってしまったけどこれは私が逃げないとでも思って安心してしまっているのだろうか?私はふと窓の外に目をやると木は生い茂り外灯や民家の明かりもやはり見つける事は出来なかった。きっと車のキーを奪わない限りここから逃げられる可能性はゼロに近いのだと確信した。 パタンと向こうで扉を閉める音がして私は一目散に玄関へと向かいシューズボックスの上を見た。 …無いっ。 え、だけどさっき靴を脱いで上がる時に確かにここへ泰幸君は置いたはず…はっ、まさか御手洗に入っている隙に…?! 向こうもそれなりに警戒心を働かせていたという訳…か。 だからあんなに余裕を見せていたんだ。 けどキーケースはこの家の何処かにあるはず。泰幸君が居た場所を思い出す。キッチン?二階?それとも…脱衣所?泰幸君は警戒して脱衣所迄持って行ってしまっているとその線が濃厚に思えた。だけどまだ決まった訳じゃ無い。探せるだけ探してみよう。泰幸君が戻って来る間にキッチンに行き食器棚からありとあらゆる棚を全て開けて冷蔵庫迄も目を通したが見つからなかった。後は寝室があると思われる二階部分だけだ。まだ出てくる気配は無い。私は覚悟を決め階段に足を踏み出した。二階に行くとやはり寝室がありもう一つの部屋はベッドが一つ置いてあってゲストルームのようだった。とりあえず寝室の方から手当たり次第探し回る。枕やシーツの下、サイドテーブルの引き出しの中…見つからない。次にゲストルームに行き同じ様に探してみるけど出てこない。もう一度寝室の方を探してみようと頭に過ったけど下の様子が気になってそんな時間は掛けられそうも無かった。 肩を落としながら下へ戻りドサッとソファに腰を下ろす。まだ探せていない場所は脱衣所だけ。脱衣所さえ入れれば…。 少しするとペタペタとスリッパの音をたてながら泰幸君は風呂場からリビングへと入りズボンのポケットからカチャッと何かを取り出しキッチンカウンターに置いた。あの音の感じは間違いない。キーケースだ。やはり脱衣所に持って 行っていたんだ。 「はぁ。良い風呂だった。頭もスッキリだ。高嶺も入れれば良かったのに。ま、しょうが無いか。」 泰幸君は水を飲んだ後電気ケトルから二つのマグカップにお湯を注ぐと両手にそれを持ち一つ私の前に置く。 「紅茶があったから飲みながら話そうか。」 「ありがとう。」 私がそう言うと今度は自分のマグカップを持ちながら私の真横に座ってきた。 「横の方が声が良く聞こえるだろ?」 「そう…だね。」 車内でのあの距離よりも更に近いこの距離感に私は再び恐怖を覚える。 「…俺が高校の時かなぁ。父さんの会社が上手くいかなくなったのは。」 泰幸君は紅茶を飲みながらまたお父さんの話を始めた。 「ガタガタと一気に経営が悪くなったとかじゃ無いんだ。もっとずっと前から予兆は感じていたらしい。」 「そう…。」 「息子の俺から見てもお人好しな父さんでさ。会社の経営悪化もそうなんだけど友人の保証人にもなっていたみたいで。そんなだから余計に借金も膨れ上がって…。」 泰幸君が話す内容はきっと事実なんだとは思う。以前に菜々子や礼二からも聞いていたしお父さんや泰幸君のご家族は大変な生活も送って来たんだろうって。それは十分に感じてはいるし情だって動かなくは無かった。 「父さんは俺がその内何とかするってそればかりで全てを抱え込み倒れた。俺だって自分で働いた給料の半分を家に入れた。けどそれだけじゃ何時までも返せない。」   ふと泰幸君が私に顔を向ける。 「助けて欲しい…高嶺。哀れで可哀想と思うだろ?なぁ…高嶺。」 ピカッ─────。
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