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いよいよ出発の日が来た。
せっせと纏めた荷物は既に引っ越し業者さんにお願いして運んでもらっているからその荷物が到着する時間の前に行って家で待機する事になっている。私は朝から忘れ物がないか一通りチェックをし、その日仕事が休みだったお母さんとお父さんとそれから礼二の四人で出発前の団らんをしていた。
「雅。貴重品はバッグに入れた?」
「入れたよ。」
「礼二君は新幹線のチケットは大丈夫?」
「はい。財布に入れました。」
「それにしても今日迄早かったわよね。なんか寂しさがまた急に来ちゃったわ。」
「お母さん。まるで私が嫁入りするみたいな雰囲気になってるね。」
「違うでしょ。貴方は婿に入ってもらう立場でしょ。」
「いや、そこじゃ無くてさ…。」
「あっ、そうだわ。向こうの職場に行ったらまず斎藤さんというマネージャーさんに会いに行ってね。雅の事話してあるから。」
「あ、うん。分かった。」
「礼二君ももし何か手に負えない様な困った事があったらいつでも連絡してきてね。」
「はい。」
「えっとそれから…お父さんも一言言ったら?」
「体に気を付けて頑張って来なさい。」
「うん。たまには連絡するよ。」
「長い休みの時は羽を休めに帰って来てくれよ。」
「分かった。」
「…後は伝え忘れは特に無いかしらね。」
礼二がチラッと腕時計に目を落とす。
「では奥様旦那様そろそろ出発致します。」
「うん。じゃあ玄関先迄見送るわ。気を付けてね。」
「大丈夫大丈夫。」
靴を履き私と礼二は玄関をくぐる。そして最後に振り返ってお母さんとお父さんに抱きつく。
「行ってきます!」
そうして私の新たな挑戦が始まろうとしていたのだった。
「あ~ぁ。行っちゃったわねぇ。」
「時期に慣れるよ。ずっと行ってる訳でも無いんだし。」
「そうだけど…あっ!?」
「どうしたの?」
「あれ?私二人に部屋の事話したかしら?」
「部屋って…礼二君の部屋の内装が終わってないからそれが終わる迄雅の部屋に寝泊まりしてくれって話?」
「そう。」
「言って無かったの?」
「多分…ま、でも後から連絡しておけばきっと大丈夫ね。」
「そんな大きな問題じゃ無いよ。あの二人にとっては。」
「それもそうよね。あ~思い出したらお腹空いてきたわ。斉木さ~ん。ケーキか何かあるかしら~…。」
家を出発して新幹線に乗り約二時間弱で駅に到着した私達はロータリーに行きタクシーで引っ越し先の家であるアパートに向かった。
タクシーの窓越しから初めて目にする景色で胸は高鳴り仕事の緊張感よりもそちらの感情の方が勝っている位だった。
「わぁ~、こっちは緑が沢山で空気も綺麗だな。」
窓を開け鼻から吸えるだけの空気を吸った。
「ねぇ礼二!あそこにショッピングモールがあるんだって。大っきく看板に書いてあるよ。休みの日に買い物行こうかな~。」
「…。」
「そこは何の行列だろ…あっ!チーズケーキだって。今すぐ降りて並びたいな~。」
「…。」
さっきから私が一人でしゃべっているだけで横に居る礼二は相槌も何も返してくれずそんな礼二にふと顔を向けた。
は…っ。
窓枠に肘を突き礼二の整った横顔は暖かな陽射しが降り注ぎ圧倒的な存在感を放っていた。窓から入る優しい風に長い前髪がフワリと揺れると何時もの意地悪な目元では無く柔らかな澄んだ瞳で外を見ていた。目が離せなくなっているとそんな私に礼二がふと気が付く。
「さっきからわーわーと一人ではしゃいで遊びに来たんじゃねぇんだぞ。」
「っ…わ、分かってる。」
「お前大丈夫か?まだ初日も迎えて無いってのに。仕事ミスるなよ。」
「だ、大丈夫よ。ご心配無く。」
「どうだかな。」
「私だって緊張感は持ってますから。」
「あっそ~ですか。初っぱなから皿割るなよ。」
「割らないわよっ。」
────────────。
バリ~ンッ!
「すみ、すみませんっっ!」
「あ、手大丈夫だった?」
「はい。本当すみませんっ。」
「良いって。きっと緊張してるんだよ高嶺さんさ。リラックスリラックス。ね。」
「はい…。」
礼二の言葉は見事に的中した。
だけどそれは決して緊張感からでは無く予期せぬ出来事が起こったからであって。家のお母さんは仕事は出来るけどでもちょっと抜けてる所があるのを忘れていた私だった。
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