新天地

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「こちらで最後の荷物になりますのでここに印鑑お願い出来ますか?」 トラックから私とそれから礼二の荷物が全て私の部屋に収められた。 「はい。ご苦労様でした。」 印鑑を押してもらうと帽子を取りぺこりと頭を下げ引っ越し業者の二人組は帰って行った。印鑑をシューズボックスの上に置き部屋に運ばれた山積みの段ボールと向き合う。一人で生活するには少しだけ広めの部屋だと思っていたけど礼二の荷物のせいでそんな余計な空間も無くなってしまった。幸いだったのは私の分のベッドだけだったという事。礼二は元々敷き布団派でこの部屋にベッド二つは流石に無理な話だった。冷蔵庫や電子レンジは二台並んでしまったがなんとかキッチンに収まり事は済んだ。 「はぁ…。とりあえずコーヒー飲もっと。」 荷物を搬入している時に宅配便で届いたコーヒーメーカーを箱から開け荷物の中からコーヒー豆とマグカップを二つ探し出しセットしてカップに注ぐ。こちらに到着してから思わぬ出来事で頭が疲れきっていた私は香ばしいコーヒーの香りに癒された。セットしたもう一つのカップにもコーヒーが入りベランダで煙草をふかしている礼二に手渡す。 ガラガラ。 「礼二コーヒー。飲むでしょ?」 「あぁ。」 「これ飲んだら夕方までまだ少し時間あるから荷解きする?」 「そうだな。じゃないと俺の寝る場所がねぇからな。」 そう言って二人はコーヒーを飲み休憩を終えると早速段ボールに手を付け始めた。 ふぅ~。 黙々と作業し私の分の段ボールの山が半分位になってきた時礼二が声を掛けてきた。 「腹減ってきたな。お前は?」 ふと腕時計を見れば六時半を回っていた。 「あ、そろそろ夕飯か。お腹空いたな私も。」 「外行くか。食いに。」 「近くにあるかな?コンビニはあったけど。」 「探す。スマホで。」 「じゃあお願い。」 礼二は胸ポケットからスマホを取り出して検索を始めた。このアパートはお母さんの言うとおりホテルからは近いけど駅からは車やバスを利用しないと厳しい距離にあった。飲食店やさっき行きにタクシーで通り過ぎたショッピングモール等は駅の近くにある為何かを食べに行くのも買いに行くのも都会とは違い車がやはり必要になる。転勤に合わせて用意してくれた車の納期が明日だったので今夜だけは何とかしなくてはならなかった。 「あ、礼二。私お隣さんとか下の階の人に挨拶回りして来るからお店探しお願いね。」 「隣は俺だけだから下の人だけで良いだろ。」 「あ、そうだね。じゃあ行って来る。」 私は菓子折を取り出して一緒に入っていた紙袋にそれを入れ直して片手に持ち玄関を出た。少し緊張しながら階段を下りて行き101号室のインターホンを鳴らした。 ピンポ~ン。 すると男性の声がして今開けますと一言残しその後直ぐに扉を開けてくれた。出て来てくれた住居人はスラリと背が高くクッキリ二重の愛嬌のあるとても印象的な目をしていた。パッと見ただけで優しさが滲み出ているのを感じるそんな人だった。 「あのすみません。先程上の階に引っ越して来た高嶺です。よろしくお願い致します。」 セットされていない髪をクシャッとかき上げながら。 「あ、そうだったんですか。さっきから賑やかな音がしてたんでそうかなって思ってました。こちらこそよろしくお願いします。早瀬と言います。」 透き通る様な聞きやすい声でそう言った。 「うるさくしてすみませんでした。先程業者さんは帰ったので静かにはなったと思います。それであのこれ…少しですが召し上がって下さい。」 「いや、全然大丈夫です。お気遣いどうもありがとうございます。」    軽く会釈をしながら差し出した菓子折を受け取る。 「では失礼します。」 「お休みなさい。」 パタン。 飾って無くて素のまんまの何だか良い人そうで安心したな。 挨拶を終えホッとした私は階段を上がり部屋へと戻る。
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