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「ただいま。」
「ちゃんと粗相無く出来たか?」
確保できたスペースに礼二はスマホ片手に座り込み私を見上げながらそう言った。
「子供じゃ無いんだし出来るわよこれ位。」
「あはは。そうかそうか。」
またからかってくる。
「それよりお店あったの?駅迄行かないとやっぱり難しい?」
「人気のつけ麺屋があるらしい。まぁまぁ歩くが良いか?駅じゃないからタクシー難しいみたいだ。」
「うん。大丈夫。歩けるよ。」
「分かった。」
とりあえず今夜は礼二が探してくれたそのお店に私達は徒歩で向かう事にした。
お互い出かける支度をし外に出るとスマホの地図を頼りに私と礼二は目的地へと歩き出した。タクシーの中でも感じたけど見渡す限り緑一色なこの土地は目印となる建物はほぼ無くて都会とは異なるこの環境に果たして馴染んでいけるのかふと不安になった。電話一本でタクシーも食べる物だって事足りる生活を送ってきた私。新しい職場でスキルを磨く事だけを考えて来た訳だけどこの土地での生活そのものが自分を成長させてくれるきっかけになるのかもしれないと感じ始めていたのだった。
歩き出して暫くするともうすっかり日は落ちて辺りは暗くなってしまった。この道は外灯も少なくて一人で歩く事を考えると少し怖いくらいだった。
「なんか暗くなっちゃったね。」
「あぁ。でももう少しで着くからな。」
「そ。良かった。それにしても思った以上に距離あるね。」
「都会の有り難みを実感したか?」
「してるしてる。」
「お前も電車ばっかり乗ってたまにはこうやって歩いて将来の為に足腰鍛えた方が良いぞ。」
「まだ若いから大丈夫です。」
「その油断が後々後悔に繋がるんだぞ。」
「別に私特別鍛えなくてもホールで動き回ってるからやらなくても平気だもっ、、」
「っぶねぇ…。」
「っあ、ありが…とう。」
「お前一人で歩いてたら落ちてたな絶対。」
「う、うん…。」
腕を掴まれ引き寄せられると礼二のはだけた胸元が私の顔に触れる。骨張ってはいるが鍛え上げられた筋肉を感じた。
「側溝あるから気を付けろ。」
「暗くて良く見えなかった。」
そう言って私は赤く染め上がった顔で礼二から体を離し再び歩き出した。
泰幸君への想いが過去のものとなりそれからの私は転勤に向けての思いだけを胸に毎日を過ごしてきた。ポッカリ空いた穴を埋めるみたいに自分であえてそうしてきたのかもしれない。けど泰幸君とは別に生まれた礼二への想いが少しずつまた大きくなっているのも自覚してはいた。こんな風に私に何気なく触れてくる事も私にとっては戸惑いであり動揺が隠しきれない。
「そう言えば下の階の人どんな人だったんだ?」
「なんか良い人そうだったよ。感じ良くて。礼二みたいに背も高かった。」
「そうか。まぁ、このアパートに住んでるって事はホテルの関係者の確率が高いからもしかしたら職場で偶然会うかもな。」
「あ、そうだよね。」
「仕事明後日からだな。」
「なんか近付くにつれて緊張してきたかも。さっきは大丈夫だったのに。」
「とりあえずお前らしくやってみろよ。」
「う…ん。」
ふいに礼二から優しい言葉を掛けられるとどうして良いか分からなくて気の利いた返事が思いつかない。
はっ…。
暗くてなんとなくだったけど確かに今礼二は私にそっと微笑んだ。
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