ホテル恋花

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ホテル恋花

初日に相応しくすっきりと晴れた朝だった。ベッドから起き上がり直ぐに洗面台に向かう。寝不足の顔を目がけて冷水を浴びせるとシャキッとした気分になった。今日から始まる人生の新しいスタートに寝不足なんて言ってられない。誰よりも努力し学び自分の力にしていくんだ。礼二の用意してくれた朝食を食べて歯磨きに着替えにメイクと出発の準備は整った。 「出掛けるぞ。」 「うん。」 「気合い入れろよ。」 「もう入ったよ。」 ふっと私に笑い掛けながら礼二は玄関の扉を開けた。礼二が鍵を掛けて階段を下りて行きその後に私も続く。アパートの直ぐ下が駐車場になっていて二人は新車に乗り込む。シートベルトをしようと窓の方に顔を傾けた時一昨日挨拶に行った101号室の男性が丁度家から出てくるのが目に入った。 「あ…早瀬さん?」 礼二がエンジンを掛けながら私の方に振り向く。 「早瀬さん?あの人か?」 「あ、うん。あのリュック背負った後ろ姿の人。」 「顔が見えなかったな。」 「顔はクッキリ二重の愛嬌のある顔してたよ。」 「へぇ。」 「早瀬さんも今から出勤なのかもね。」 「同じ職場じゃないか?徒歩でも行ける距離だしなホテル迄。」 「うん。そんな気がしてきた私も。」 そんな会話を車内でしながら私達は車を発車させてホテル恋花へと向かった。 車を走らせて数分でホテルに到着した。車を下りて下から舐めるように見上げていく。この辺りは緑ばかりな自然一色で目立つ物は殆ど無いけれど唯一このホテルだけがそんな中で立派に堂々と存在感を放っていた。私は礼二に帰り裏口に車を回しておくようにとお願いをし別れると正面エントランスをくぐり中へと入って行く。本来ならば従業員入り口からなのだけれどまだエントランスやフロントそしてフロアーを見ていなかった為見てから職場へ行きたかった。 っつ…凄い。 それ以上の言葉が思い付かない。いや言葉を全てこの何処までも続く吹き抜けに吸い取られてしまったかの様なそんな圧倒的な空間に驚いた。その他にも壁に掛かる絵画や装飾品、シャンデリアも私が居た高嶺ホテルよりもかなり豪華で素敵だった。まるで高嶺グループの財の全てをこのホテルに費やした様なそんな風に思ってしまう。 お母さんの言ってた通り素敵だな…。 豪華絢爛な作りに満足した私は高鳴る胸を押さえつつ従業員入り口へと足を向かわせた。 まず最初にお母さんに教えてもらった斎藤マネージャーを探しに私はレストラン部の扉をノックした。 「失礼致します。」 「あっ!高嶺さんかな?」 扉を開けると直ぐにフロアーの奥から私に気が付き一人の男性が近寄って来てくれた。左の胸元に斎藤と記されたネームプレートが目に入った。 「始めまして。本日からお世話になる高嶺雅です。よろしくお願い致します。」 すると恰幅の良い斎藤マネージャーは誰にでも好かれる笑顔で私に。 「こちらこそよろしくお願いします。斎藤です。マネージャーをしています。早速ですが更衣室や休憩室などを案内しますので一緒に付いてきて下さい。」 「はい。分かりました。」 挨拶もそこそこに私は斎藤マネージャーに連れられて行く。長い廊下を横並びで歩きながらキョロキョロと辺りを見渡す私に斎藤マネージャーが声を掛けてきた。 「高嶺さん。お母様から聞きました。前は高嶺ホテルの方でホールを担当なさっていたとか。」 「はい。そうなんです。」 「確かあちらの店舗は中華レストランでしたね。私も一度出張で伺った事がありまして。その時高嶺さんはいらっしゃらなかったみたいなんですが注文したフカヒレラーメンが美味しくて美味しくて。」 「そうだったんですか!」 「はい。あの味は忘れられません。」 「そうなんですよ!私もあのラーメン大好きでこちらに来る前に食べ収めで毎日の様に食べてました。」 「それは凄い。でもそれ位好きになる気持ち分かります。私もまた食べたいですよ。」 「私の先輩が商品化すれば良いのにって言ってましたよ。」 「商品化してくれたら地方に居る私も食べられて最高ですね。実現して欲しいものです。」 「ですよね。」 「ですね。はい。」 あははっと笑い私の緊張が少し解れると斎藤マネージャーはそのまま話を続ける。 「あ、そうだ。高嶺さんあの会社のアパートに引っ越したんですか?」 「はい。一昨日引っ越して来たばかりでまだ部屋が段ボールまみれです。」 「一昨日の引っ越しだったらまだまだ片付かなくて当たり前ですよ。ここで働いている従業員の約半分はあちこちから引っ越して来る人ばかりなので最初は皆引っ越し作業に追われてますね。」 「半分近くの方が…なる程。」 「新しい土地で分からない事もあるかと思いますが美味しいお店や楽しいスポットもあるので私も含め仲良くなった同僚の人なんかにも聞いてみると楽しいかもしれませんね。」 「美味しいお店。楽しいスポット…ワクワクします。」 「それは良かったです。」 するとまたニコリと私に笑って見せて到着した部屋のドアノブに手を掛けた。
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