ホテル恋花

3/6
前へ
/137ページ
次へ
「斎藤マネージャー。着替え終わりました。」 私は着替えを済ませレストラン部に行き斎藤マネージャーに声を掛けた。 「はい。ロッカー直ぐ分かりましたか?」 「お蔭様で岩永さんという方に教えて頂いたので分かりました。」 「岩永さんと会ったんですね。それは良かったです。彼女は高嶺さんの教育係をしてもらう予定なんですよ。」 「そうですか。とても感じの良い方でした。」 「彼女は入社してもう今年で五年目になるので僕も安心して彼女に仕事を任せられるんですよ。彼女しっかりしてますしね。」 「そんな感じもしました。」 「なのでホールは僕よりも岩永さんの方が仕事出来ますきっと。あはは。」 斎藤マネージャーが岩永さんを信頼しているのがとても伝わってきた。そしてこれから仕事を教えてもらえるのは光栄な事でそんな彼女の高い評価を聞きながら私達はお店の方へと到着した。 お店の入り口はエントランスとは違い白を基調としたスタイリッシュな造りになっておりここだけが豪華絢爛なこのホテルとは異なる雰囲気を纏っていた。そして一歩足を踏み入れると飾り気の無い落ち着いた内装に白と濃紺のテーブルクロスが良く映えてセンスを感じずにはいられなかった。それから私の心を鷲掴みにした光景があと一つ。突き当たりの壁一面がガラス張りになっておりテラス席が用意されその先には様々な花の共演が楽しめる中庭が広がっていた。その中庭では結婚式なども行われる事があるそうだ。 「高嶺ホテルのレストランとはまた雰囲気が違って面白いと思いますがどうですか?」 私はキラキラと目を輝かせていると斎藤マネージャーが声を掛けてきた。 「とてもお洒落で素敵で見とれていました。」 「それは僕としても光栄な事ですよ。」 嬉しそうにそう言って私を厨房の方へと案内してくれた。既に厨房の方達は仕込みやら何やらで働き始めていた。 「皆さん。おはよう御座います。今日から働く事になりました高嶺さんです。慣れる迄皆さんサポートお願いします。」 「高嶺雅です。よろしくお願い致します。」 私が挨拶をすると厨房の手前や顔が見えない奥の方からも声を出して私に挨拶をしてくれた。厨房を出ると斎藤マネージャーはメニューを一つ手に取り料理やお酒の説明と中華レストランとは異なる配膳の仕方等を教えてくれた。 家族でフレンチレストランにはたまに行くから聞いた事ある料理名はいくつかあったし何となく内容も頭に入ってはいた。だけどどんな風に調理されてて何を使っているか細かい所も説明出来ないと成立しないのは前のレストランでも同じだった為私は持って来たメモ帳に走り書きで内容を書き取った。いざという時にお客様に説明出来なければお腹は満たされたとしても心から満足しては下さらないと思うから。 「…今ざっくりと料理とお酒は説明しましたが特に料理はその都度厨房から本物が出てきたらまた詳しく教えますね。きっと目で見た方が覚えると思うので。」 「分かりました。」 「次にテーブルセッティングですがこのテーブルでやりましょう。」 近くにあったまだセッティングされていないテーブルに私を誘導しカトラリーの入った箱を手に斎藤マネージャーは一つ一つ丁寧にシルバーを置いていく。 「ショープレート(飾り皿)の上にナプキンを置いて端からスープスプーン、オードブルナイフとフォーク、フィッシュナイフとフォーク、ミートナイフとフォークをそれぞれ並べていきます。どれも似ていますが大きさや形などは毎日見ていれば慣れますので大丈夫です。」 「はい。」 「ナプキンの折り方ですがここでは王冠折りでおもてなしをしてます。折り方は一見難しそうですがとても簡単なんです。まずナプキンを半分に折って右上の角を下の真ん中迄折り下げて次に左下の角を上の真ん中に折り上げて…。」 私もナプキンを渡されて一緒にやってみる。 「何だか折り紙みたいで楽しいです。」 「そうなんですよ。他にもハートの形なんかもあるみたいなんですが基本うちは王冠で。結婚式の時なんかは良いと思いますね。」 「そうですね。」 「ざっとではありますが僕の方で簡単に教えましたけど詳しくは岩永さんに任せてありますので遠慮無く彼女に聞いて下さい。勿論僕が居る時は教えますね。」 「分かりました。」 「おはようございます。」 ナプキンの練習をしていると入り口の方から複数の人の声がして振り向くとその中に岩永さんが出勤して来るのが見えた。 「岩永さんおはようございます。先程更衣室で高嶺さんと会ったみたいですね。」 「あ、はい。そうなんですよ。自己紹介も済ませてあります。ね、高嶺さん。」 「はい。」 「そうですか。それは良かった。仕事ですが今ざっくりとではありますが僕の方で料理とお酒、テーブルセッティングの方の説明はしたので後は実践していきながら岩永さんサポートをお願いしますね。」 「分かりました。」 「という訳なので高嶺さん。今日は岩永さんの動きを観察しながら出来る範囲で大丈夫なのでやってみて下さい。」 「岩永さんもよろしくお願いします。」 「はい。」 「それでは後少しでオープンです。本日もよろしくお願いします。」 「よろしくお願いします。」 斎藤マネージャーの一言に私も気合いが入り少しの緊張を感じつつもやる気は満々だった。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

454人が本棚に入れています
本棚に追加