ホテル恋花

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「礼二お待たせ。」 「あぁ。俺も今来たとこだ。」 寄り掛かっていた壁から体を起こして私の横を歩き出す。 「初日の手応えはどうだったんだ?」 「あぁ、うん。初日にしては動けた方かなって思う。飲食店だから基本は一緒だしね。だけど中華とフレンチで勝手が違うからどうしても色々と覚える迄が大変かな。」 「チラリと見てたが斎藤マネージャーとあの美人の先輩に丁寧に教えてもらってたな。」 「え?見られてたの私。」 「お前が気付いてないだけで前もそうだったじゃねぇか。」 「そ、そうか。」 「ま、足引っ張らない様に頑張れよ。」 「応援してくれてるんだか嫌味なんだか分からないわその言い方。」 「夕飯カレーで良いか?」 「うん。これから作るんでしょ?」 「朝作った。」 「え?朝作ったの?」 「お前が寝てる間に済ませた。」 「そうだったんだ。そう言えば何となくカレーの香りがしてたな…仕事早いよね礼二。」 ガチャ。  「お仕事お疲れ様でした。雅お嬢様。仕事の出来る私が扉を開けてさしあげます。」   「それはそれはどうもご丁寧に~。」 私と礼二は車に乗り込み家に到着すると礼二はカレー鍋に火を点け夕飯の準備に取り掛かった。そしてカレーが温まるとタイマーの掛かった炊飯器からピ~ッと音がして私はお米をよそりその皿を礼二に渡すとじゃがいもや人参がゴロゴロと入った具沢山なルーを沢山掛けてくれた。 「具沢山なカレーだね。一つが大きくない?」 「大きく切って食べた方が美味いんだよ。オレ流だけどな。」 「そう。」       「味は美味いから文句言わずに食え。」 「文句じゃ無い無い。いただきます。」 テーブルにカレー皿を置けばもう何も余分な物は置けない程の一人用の小さなテーブルに私と礼二は向かい合わせで座り食べ始める。   「っ、あ、ごめん。」 「あぁ…。」 コツンと頭がぶつかるとその距離の近さに恥ずかしくなる。カレーを食べるとどうしてもテーブルの方へ顔を近付けないと食べづらい為小さなテーブルではそうなってしまう。そしてスプーンを口に運びながら目の前にある礼二の顔を下からそおっと見上げていく。 「何だよ。」 カレーに目線を落としたままの礼二が言う。 「別に、、見てないよ。」    「誰が見てるって言ったよ。やっぱり見てたんだな。」 「違うっ、見てない。」 「へ~。」 顔を上げ無表情で言ってくる。 「そんな事より、来週の火曜日の夜に私の歓迎会してくれるみたいなんだ。斎藤マネージャーと早瀬さんと岩永さんで。だから頭に入れといてね。」 「岩永さんって人はあの先輩か?」 「うん。」 「早瀬さんっていう人はあの一階の人だよな?」 「あっ!そうなの。やっぱり早瀬さんも同じホテルのしかも同じレストランでびっくりだったんだよね。早瀬さんは厨房で働いてるの。」 「だと思ったぜ。しかしレストラン迄同じとはな。気まずくないか?」 「大丈夫だよ。一階と二階でお隣さんって訳でも無いし早瀬さん良い人そうだし。」 「お前のその当たるんだか当たらないんだかの直感で直ぐ良い人呼ばわりするのは危なっかしいがな。護衛するこっちは気が抜けねぇわマジで。」 「どうして?初対面の人を初めっから疑ってかかるなんて相手に失礼じゃない?」 「疑えとは言って無いが警戒心を持てって言う意味だ。まぁ、仕事柄周りの人よりも特に敏感になっているのかもしれないが俺の場合。」 「そうだよ。仕事柄とは言え普通に考えたらそっちの方が変だよ。ま、でも礼二が私にそんな事を言ってくるのは分からないでも無いけどね。色々とあったし。何時も気に掛けてくれてありがとう。」 私がそう言って笑うと止まっていた手を急に動かして残りのカレーをかき集め口に頬張る礼二。そしてさっきよりも耳が赤いのは気のせい…かな…? その夜。 礼二は私がベッドに入る頃煙草が切れたと言って出掛けてしまった。こんな夜に私を一人にするなんてと思ったけど戸締まりはしっかりしてあるし安心は出来た。けどこんな風にいきなり外出するなんて初めての事で私は少しだけ動揺してしまった。煙草のストック位礼二ならきちんと確保しているはずなのにな…なんて思いながらその晩は礼二に対して変に意識する様な事も無く一人ぐっすりと眠りについた。   ジュッ。    車に寄り掛かりまだぎっしりと中身の詰まった煙草に火を点け深く吸い込み二階の明かりを見つめながら吐き出す。 ふぅ…。  煙草ならシンクの下に3カートンもあるのは承知している。 平気だと思っていた。あいつと一緒の空間に居る事。 だけどあんな目の前で惜しげも無く全開な笑顔を見せてくる雅に俺は俺を抑えきれない。 今さっきだって…。     俺達の部屋から俺の部屋へ目線をずらし再び煙草を吸い込む。 まだ掛かりそうだな。 どうしたもんかな…。
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