歓迎会

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歓迎会

八日(火曜日)20:00 海鮮磯六に集合。    早瀬さんから連絡をもらって今日がその当日。歓迎会なんて開いてもらうのはちょっと恥ずかしいけどでもこれから約二年間同じ職場で働いていく訳で皆さんと交流も深めたいと思う自分も居た。岩永さんとは女同士で私の教育係だからもう既に二人の間に余所余所しい壁みたいな物は無くなったけど早瀬さんはずっと厨房の中に居るし同じアパートっていうだけでそれ以上はまだどんな人なのかは分からない。良い人だっていうのは分かるけどね。 「えっと…後は斎藤マネージャーだけかな。」 仕事を終えた私、岩永さん、早瀬さんは先にお店に到着した。 「斎藤マネージャーから伝言であと少しで行けると思うけど先に始めちゃっててって言われているからドリンク頼んじゃおうか。」 早瀬さんがドリンクメニューをテーブルの真ん中に開げながら言った。 「私はウーロン茶にするわ。」 岩永さんはお酒ではなくソフトドリンクを選んでいた。 「岩永さんなんかごめんね。運転してもらっちゃって。」 「いえ。早瀬さんが歩きなの前から知ってましたしもし早瀬さんが車だとしたら高嶺さんが気を使って呑み辛くなっちゃっても困ると思ったんで。」 「そういう事だったんですか。私の為にすみません。」 「良いの良いの!全然大丈夫。そもそも私あんまりお酒強くないからさ…で、決まった?」 「えっと俺は生ビール。高嶺さんは?」 「私も同じく生ビールお願いします。」 「分かった。すみません~。」   早瀬さんが店員さんにドリンクを注文してくれて私達はドリンクを待つ間早瀬さんの話で盛り上がる。 早瀬優弥 29歳 料理人 未婚 早瀬さんは料理人を目指し専門学校に通いその後幾つかのホテルの厨房で修業を積み今に至るそうだ。専門学校時代から一人暮らしを始め岩永さんと同じくアラサー同士なので良く顔を合わせるとどうしても結婚の話になってしまい早く奥さんの作ってくれる料理が食べたいと岩永さんに嘆いているそうだ。二人が結婚の話をしているなんてあと少し誰かが後押しすれば見るからにお似合いの二人は本当に結婚するのではないかと私の胸は高鳴る。そうだ。この際私がその役目を引き受け果たしたのなら現実的にそうなる日も近いのでは…なんて思ってみたりする。 「早瀬さんは彼女は居ないんですか?」 私は思い切って目の前に座る早瀬さんに質問してみた。すると早瀬さんの横に座る岩永さんが早瀬さんに振り向き少し臆病な顔を浮かべているのが分かった。 「居ないんだよね~これがさ。」 ホッとしたのか岩永さんの緩んだ表情に私も安堵する。 「そうでしたか。じゃあ今は猫が恋人ですね。」 「うん。雌猫のチロって名前なんだ。何時も疲れきった俺を癒してくれてるよ。」     「へぇ~。チロちゃんかぁ。」 「そう言えば見に行くんでしたよね?早瀬さんの猫。」 「そうなの。早瀬さん部屋片付け無くて大丈夫ですから覗わせて下さいよ。チロちゃん見たいです。」 「う、うん…ちょっと待っててね。はは。」 早瀬さんはこの話になると前も今も岩永さんに対してすんなりと返事をしたがらないのには早瀬さん自身何かがあっての事なんだろうと察した。   「でも全然聞こえなかったです。猫の鳴き声。まだ小さいからなのかな?」 「本当に?良かった~。聞こえてたら他の部屋にもきっと聞こえてるだろうからちょっとヒヤヒヤはしてたんだ。」 「あっ、そっか。二人は同じアパートだもんね。早瀬さんから聞いたよ。」 「そうなんです。」 「ん?えっと…高嶺さんは今日は歩き?更衣室別々に出て来ちゃったから見なかったんだけど。歩きだとしたらタクシーでホテルからお店迄来たの?良かったら帰り早瀬さんと乗って行く?」 「お店迄は車で来ました。」 「えっ?!呑んで平気?」  「はい。」 「どういう事?あ、またタクシー呼ぶのね?」 「あの実はここだけの話なんですけど私ボディガードがついてましてその人の車で…。」   岩永さんも早瀬さんも口を開けて私を見てきた。思った通りのリアクション。大体聞いた人はこうなるから。 「す、凄い。」 「同感。」 「なんか今時大げさ過ぎるとは思っていたんですけどちょっと前に色々あってやっぱり居てくれた方が安全で安心だなと思いまして…はい。」 「いや…高嶺さんは斎藤マネージャーから薄々聞いてはいたのよ。そのぉ…うちのホテルのお孫さんだって。だけどいざ会ってみたら普通だし斎藤マネージャーからも本人の希望で普通の人と同じ様に接して欲しいと言われていたからそうしたんだけど。だけどだけど現実にそういう人に出会った事無かったから何かびっくりと言うか…。」 「高嶺さんの高嶺は高嶺グループの事を意味してたのか。単に同じ名前かと思ってた。」 「あの、だからと言って私は私ですし今迄通り普通でそしてこの感じを保って行きたいのでよろしくお願いします。気遣いは無しで。」   私は二人を前に気持ちを込めてそう言った。 「分かったわ!」 「うん!了解。」 「もう変えろって言われた所で変えられ無いしね。」 「ありがとうございます!嬉しいです。」 私は二人に感謝しにっこりと笑った。すると早瀬さんが私の何倍も素敵な笑顔で返してくれた。それは思わずキュンとしてしまいそうなそんな笑顔だった。そしてその時思った。これ程素敵に笑う早瀬さんにどうして彼女が居ないのかと。不思議でならない。 「生ビール二つにウーロン茶お待たせ致しました。」 最初の早瀬さんの話から話が反れて私の話になってしまった所でやっとドリンクが来た。 「ごめんっ、遅刻しました。」 「遅刻大丈夫ですから。まだ始めてませんよ。」   「本当?一応セーフって事で。すみません生ビールもう一つ至急下さい。」  斎藤マネージャーがドリンクを運んで来てくれた店員さんに注文し急いで持って来てもらうと各々グラスを手に取り斎藤マネージャーの話に耳を傾ける。   「え~では。この度高嶺さんが来てくれたと言う事で岩永さんをはじめホールも一段と活気づくのではないかなと思っています。厨房の早瀬君もホールの岩永さん、高嶺さんもこれから仲良くどうぞよろしくお願いします。高嶺さんようこそ。乾杯!!」 カシャンッ!! ドリンクと同じタイミングで斎藤マネージャーもギリギリ到着し皆揃った所で歓迎会が始まった。
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