旧友

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旧友

「礼…二か?嘘だろ。」 礼二の呼び掛けに振り向いた早瀬さんは前のめりになりながら礼二の顔を見つめている。 早瀬さんに歩み寄りながら礼二は話を続ける。 「それはこっちの台詞だ。名字も違うし顔も成長して最初分かんなかったぜ。でもよくよく見たらやっぱり優弥で驚いた。元気そうだな。」 「おおっ!その顔やっぱ礼二だ!お前も成長して一瞬分かんなかったぜ。」 ガシッと男同士の勢いあるハグをすると二人はあははっと嬉しそうに笑い合った。 「話したい事は山ほどあるが今人待たせてるんだ。あっ、そうだ。高嶺さんが俺の連絡先知ってるから教えてもらって。後日また会おうぜ。」 「分かった。そうする。」 じゃあと礼二に手を上げて早瀬さんは岩永さんの車に向かった。礼二も車内に戻ると私も車に乗り込み礼二に早瀬さんの事を聞いた。 「礼二と早瀬さん友達だったの?」 「小、中、高迄同じで一番の友人だった。けど優弥は引っ越したからそれからは会えて無くてな。でもまさか高嶺グループのホテルで働いてたとは俺達縁あるな。しかも同じアパート…連絡先知らなくても問題ねぇ距離だよな。はは。」 「そうだったの。凄い偶然だよね。良かったね礼二。」 「あぁ。」 エンジンを掛けながら機嫌の良い少し高い声で返事をする礼二に何だか私も嬉しくなった。そして車を発進させるとそんな礼二の方から話をし始めた。 「優弥はもう昔っから料理人になるって決めてたんだ。それ以外の夢を俺は聞いた事が無い。子供の夢なんてその都度心変わりするもんだけど優弥は女子にモテるサッカー選手や野球選手なんて一言も言わずに卒業文集には決まって料理人と書いていた。揺るがないその思いに俺は頭が上がらない。優弥はそんなヤツなんだ。それは友達関係もそうで絶対に俺を裏切らなかったし俺を含め友達を悪く言わなかった。」 「早瀬さんてそんな人なんだ。思ってた通りの良い人だったな。」 私の直感も満更では無いと少しだけ自分に自信を持てた。 「早瀬って名字になったんだな。」 「前は違ったの?」   「前は原田優弥。親が離婚したのかもしれないが俺が知る限り仲良かったんだけどな。ま、今度さり気なく聞いてみるかな。」 「そうだね…あれ?前の車岩永さんの車だ。」 「そうなのか?」 「早瀬さん歩きだから岩永さんに送ってもらってるの。それでね、ここだけの話。岩永さんは多分早瀬さんに気があると思うんだ。あの二人美男美女だしお似合いのカップルになると思うから早くくっつけたくてしょうが無いの私。斎藤マネージャーもそんな風に感じてるみたいでさっきの呑み会でも二人にお似合いだねって話してたりしてさ。」 「へぇ~。優弥は相変わらずモテ男なのか。」 「早瀬さんモテてたの?だよね、何か女子が好む顔してるもんね。」 「お前もタイプな訳?」 信号待ちをしていると嫌らしい目つきで私に顔を傾ける礼二。 「タイプじゃ無い訳じゃ無いけど恋心は無いよ。職場の先輩という認識だしそれに今は岩永さんが早瀬さんに多分夢中になってるし。」 「とか言って本当は…。」 「ありえないからっ。」 礼二がしつこい位に私を勘ぐるから少しイラッとして語尾が強くなってしまった。第一今の私には新しい環境や仕事に慣れる事で精一杯で頭の中はもうそれだけで余分な隙間など一切無いのだ。それに早瀬さん云々言う前に私は毎夜貴方の存在にある意味手を焼いて仕方が無いんだからね。もうっ。 暫く車を走らせると岩永さんの車が先に駐車場に入りそれに続く様にして私達の車も入る。車の助手席から早瀬さんが降りるとぐるりと円を描いて向きを変え車内に居る私に軽く手を振り岩永さんは帰って行った。礼二が慣れた手つきでハンドルを操作しあっという間に車を収めると私と礼二は待っていてくれた早瀬さんの元へ向かった。 「なぁ礼二。明日仕事だからあまり遅くはなれないけど三十分位家寄ってかないか?」 突然の早瀬さんのお誘いに礼二と私は顔を見合わせて無言の会話をした。そして。 「そうだな。」 「猫見たいです。」 ははっと笑い早瀬さんはうんと頷いた。   「久しぶりっていうのとさっき話が中途半端で終わったからさ。飲み物は沢山買ってあるから心配ない。あ、高嶺さんはお水だね。」 「はい。そうします。明日仕事に響きそうなんで。」 「だな。ただでさえ仕事覚えてねぇのに二日酔いで酒の匂いプンプン振り撒いてったら即アウト、はい、退場だな。そうなったらなったで逆に楽しめそうだけどな俺は。」 「はい?二日酔いなんか絶対なりませんからっ。」 私はそう言うとプンッと頬を膨らまして礼二を睨む。 「止めろ止めろ。優弥が引くだろその顔。」 「いや、引かないよ。寧ろ可愛いね。」 「え、そんな…。」 「マジに取るな。お世辞だ。」 「本当に可愛いよ高嶺さん。でも二人はそうやって冗談を言い合える仲なんだなってちょっと羨ましく思ってさ。ボディガードで常に側に居ると二人の仲も深まるのか…あ、どうぞ。上がって。」 私と礼二は早瀬さんに招かれて部屋へお邪魔した。すると猫のチロちゃんは私達を警戒してカーテンに隠れてしまった。 「チロ~。大丈夫だよ。おかかあげるから出ておいで~。お、来た来た。ただいまチロ。」 手の平にパックのおかかを少しのせると匂いと早瀬さんの声に安心したのかカーテンからゆっくりと姿を見せてくれておかかをペロペロと舐め始めた。      「茶トラなんですよね。スマホでチラッと見ただけだったから実物はもっと可愛い。きゃ~舐めてる舐めてる。」 早瀬さんの近くにしゃがみ込み私も自然と目尻が下がってしまう。 「高嶺さん猫好き?」 「はい。飼った事は無いですけど。」 「そっか…なら良いよ。」 「え?」 「何時でも見に来て構わないよ。」 「わっ!嬉しいです。やった~。」 ニャ~。 するとチロちゃんは側に居た私の足にすり寄って来た。 「おっ、チロも来てって言ってるな。あはは。」 猫に好かれるなんて人に好かれるよりも嬉しいかも。早瀬さんもそう言ってくれてるし今度は美味しそうな餌を買ってまた会いに来よっと。
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