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高嶺ホテル
シャッ。
着替えを済ませた私は更衣室のカーテンを開け入り口にある姿見で全身をチェックする。靴汚れ無しストッキングの伝線無しスカートの丈良しジャケットも名札も良し。後は…うん。肌艶最高。そう自分で小さく呟いて昨夜の泰幸君とのやり取りを思い出し思わず笑みがこぼれる。我に返りふと壁の時計を見ると始業時間が迫っていた。私は手の平で顔を軽く叩き気合いを入れガチャリと扉を開けた。
はぁ…また居る。
この清々しい朝の、そして今日は泰幸君との進展のあった特別爽やかな朝なのにこの顔を一目見ただけで一気に気分が下がってしまった。うぅ~。この打開策を早急に探さねばならない。お父さんに言ってみる?いや、お母さんかこれは。それともやっぱ本人に先ずは直接伝えてみる?どれが正確…?
「何をブツブツと言ってんだ?二日酔いか?まだ酒が抜けてないなお前。そんなんで接客出来るのか?」
相変わらず嫌みな言い方。更に輪を掛けて気分を害してくるこのボディーガード。
「ちっ、違うから。お酒なんか呑んで無いから。」
手で扇ぎクンクンと鼻を動かし顔を近付けてくる。その瞬間フワッとシトラスの香りに包まれドキッとした。
「アルコールの匂いはしないな。これは失礼…でも。」
顔を更に近付けて前髪の間から切れ長の二重で私をじっくりと覗き込んでくる。その鋭い目つきは後ろへ一歩後ずさりしてしまう程だった。
「なっ、何なのよ。」
私がそう言うとニヤリと笑い目を合わせる。
「化粧が濃いのは返ってマイナスだぞ。」
「っつ!?」
「男はナチュラルを好むからな。はは。」
「あんたに言われたく無いわっ!」
怒りの感情を思い切りぶつけてサッと横を通り過ぎ職場へ向かった。
ムカつく!
朝一から一言も二言も余計な事言ってきて本当有り得ない。やっぱりお父さんとお母さんに言って即クビにしてもらうんだからっ…でもお祖父ちゃんが決めた事だし望み薄いなぁ。
高嶺ホテル。
全国規模で展開しており海外にも今後進出する予定だ。
私、高嶺雅が働いているのは高嶺ホテルの中にある1階のレストラン。そしてこのホテルの創設者の孫。将来はこのホテルを継いでいく為今は修行中という事でここで働かせてもらっている。その内フロントなんかもやらせてもらえるみたいで先ずはホテル全体の景色を見て勉強する様にとの事だった。最初にレストランを希望したのは、あんまり大声じゃ言えないけれど厨房の残り物を食べられるかも…なんて邪な考えがあったからだった。働きだして数か月経つけれど今は社会の厳しさを実感している。いくら私が高嶺ホテルの孫でもお客様からしたらそんなのは関係無い。時にはクレームにも対処しなければならなかったりと皆と同じこのレストランで働く一人の従業員だ。大事に育てられてきた人生だけど今が一番辛くて厳しい毎日かもしれない。だけど私は恵まれていてお陰様で周りが必死で就活している最中のんびりと過ごせた訳だけれどね。だから先輩に注意されてもお客様に怒られてもクヨクヨせずに頑張るんだ。
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