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1-1
「あ、凌お前また『TYC』の新作着てるな」
時計の針が二十三時に差し掛かる頃、喫茶『つばめ』の閉店作業も終わり帰り支度を始めていた凌は、社員である丹羽の言葉に苦笑いした。
「相変わらず目敏いっすね、丹羽さん」
「お前それいくらするか分かってんのか? 大学生がほいほい着ていい値段じゃねぇからな。俺も欲しかったのにそのコート!」
「値段は聞かないようにしてます、胃が痛くなるんで」
悔しそうに睨まれたアウターを羽織りながら、凌は改めて己の今日のコーディネートに視線を落とす。
ブラウンのチェスターコートに白ニットと黒のパンツと至ってシンプルな服装だが、そのどれもが都内の一等地でしか店を構えていない高級ブランド『TYC』のものである。
基本的にはメンズを扱うことが多いがユニセックスなデザインも多数手がけているため女性からの支持も高く、海外でも話題のブランドだ。
そしてかれこれもう五年、凌はほぼ『TYC』しか着ていない生活をしている。
「お前ほんっと良いご身分だよなー! 俺にもその貢ぎ物寄越せ!」
「本当にあげたらビビるくせに……」
「ばっか! 冗談半分で言ってんのに何十万もするアウターをかわいい猫ちゃんエコバッグで渡された俺の気持ち考えろ! ビビるに決まってんだろ!?」
「だってあれで渡されたんすもん。丹羽さんにはいつもお世話になってるからどうぞって」
「せめてもっといい紙袋に入れろ! いいか、二度とするなよ? 普通に怖くてまだ一回も外に着て行けてねぇし、あれ」
「あげたの去年っすよね? どんだけビビってんすか」
「うるせぇお前の今日のコーディネートの総額言うぞ」
「勘弁してください」
丹羽の脅しを丁重に断り、最後にリュックを取り出してロッカーを閉める。
高級ファッションブランド『TYC』の服を奨学金で大学に通い時給千円の喫茶『つばめ』でしかバイトをしていない苦学生の凌が着ている理由は、先ほど丹羽が言ったとおりこれら全てが「貢ぎ物」だからだ(決して怪しいパパ活やママ活ではない)。
「本当、露口お前のこと大好きだよな。もう長いよな付き合い。四年?」
「いや……大好きとかそういうのいらないんで。でもそうっすね……高一からなんで……五年? 今度の春で六年ですかね」
「おお。じゃあここで働き始めた頃からか、そりゃ長ぇ。お前もあんな小さかったのにな~。就活は順調か?」
「どうっすかね。インターンもプレエントリーもまあそこそこって感じで……これから迫り来るエントリーシート地獄は一旦置いてます」
「やべー懐かしい! めっちゃ気持ち分かるわー。凌はどういうとこ狙い?」
「いろんな所見てるけどまだ定まんないんすよねぇ。安定してたらどんな業界でも構わないんで、俺」
「まあ最初は分かんねぇよなー。露口はやっぱりファッション系って感じ?」
「あー……、いや、俺がふわっとしてるんでまだ直接話したことはないけど、まあどうせ自社じゃないんすか?」
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