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1-2
これ以上突っ込まれると面倒だな、ともごもご口ごもっていると凌を救うように更衣室の扉が開いた。ノックもなしに、勢いよく。着替えていたら大事故だ。
「遅い!」
「すみません!」
突然の一喝に、条件反射のような丹羽の謝罪。
救うにしては随分乱暴な登場に声も出せず目を丸くする凌を尻目に、声の主は迷わず椅子で寛いでいる丹羽へとヒールを鳴らし詰め寄った。
「なーんで女子より男子の方がお着替えに時間かかるのかなぁ~康太くん?」
「女子って歳かよ……嘘です、もう出ます、今すぐ出ます。ほんと、五分もかからないんで」
「五分?」
「一分!」
「はい、よろしい。あ、生駒もお疲れ様」
「店長も、お疲れ様っす」
最後の一言はとっても可愛く、凌に笑顔で声をかけてくれる。
ぱっと見クールそうなのに人懐っこく笑った女性――笠原真知はこの喫茶『つばめ』の店長であり、丹羽がめちゃくちゃ頑張って口説き落とした彼女でもある。
そう言えば明日は朝からデートに行くから笠原が家に泊まるのだと、締まりのない表情で丹羽が教えてくれたことを思い出した。
「ごめんね、丹羽のくだらない話につき合わされてたんじゃないの? 時間大丈夫?」
「いえ、全然。どうせ家帰るだけですし」
「何で俺が悪いの前提なんだよ」
「日頃の行いに決まってるでしょ。生駒も車乗る? 送るわよ」
「いいんですか? ……あ、ちょっと待ってください」
笠原の提案に頷こうとしたが、ふとある予感にずっと見ていなかった携帯をリュックから取り出す。
ショップからの通知に紛れ込み、予想通りの相手からの連絡を見つけて内容を確認した凌は、申し訳なさそうに笠原に向き直った。
「すんません。俺ちょっと寄らなきゃいけないところができたんで、別で帰りますね」
「あら、彼女?」
「はい、とびきりかわいい。見ます?」
「……いや、お前がそういう時ってどうせあの子だろ?」
何かを察した丹羽の台詞を無視して携帯を見せる。
そこにはおいしそうなきなこ色の毛並みをした愛くるしい表情の三毛猫と、目元から下が猫に隠された男のツーショット。その下に「きなこの明日の朝ご飯買ってきてくれる?」と猫のスタンプ付きのメッセージ。
少し長めの前髪を無造作にかきあげた下には、綺麗に化粧で飾られた形のいい眉、二重の瞼、長い睫。その僅かな情報だけでも「顔面強すぎるな……」と丹羽がぽつりと呟いたが、凌が見せたいのはそちらではない。
「今日のきなこもかわいくないですか?」
「うーん、そうねぇ。何て言うか……」
猫の愛らしさに同意を得たかっただけなのに、少し悩ましげな表情をした笠原が閃いたように言った。
「高く売れそうな画像」
「おい」
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