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 凌のバイト先である喫茶『つばめ』は、元々は通っていた高校から徒歩五分の立地にあったことが面接を受けた理由だった。授業が終わってすぐ行けるように、と自宅ではなく高校の周辺で探した結果だ。  店長や丹羽を始め他のスタッフの人も優しく居心地が良くて、受かった大学も近所ということもあり一人暮らしのアパートを契約する時も『つばめ』の隣駅というアクセスの良い所を選んだ。  けれどバイトがある日は自宅に帰ることは少なく、『つばめ』から徒歩十分――今日はドラッグストアに寄ったのでもう少し掛かってしまったが――この辺りでは一番高い高層マンションに帰ることがほとんどだった。  エントランスに入るには勿論、更にはエレベーターを操作するにも専用のカードが必要で、マンションというより最早ホテルだな、と思いつつ勝手知ったるセキュリティを解除して目的の階へと向かう。  最上階である二十階に到着し、部屋の前にある端末に暗証番号を入力する。時代は鍵ではないのかと最初は驚いていたのに慣れとは恐ろしい、としみじみしてしまう。 「邪魔するぞ~」  ガチャリと自宅のアパートの何倍も重い重厚な玄関扉を開けると、早速出迎えてくれた相手に凌は手を伸ばした。 「ただいま、きなこ」 「にゃぁ」  安直だがその綺麗な毛並みから名付けた三毛猫は、まるで「おかえり」と言うように鳴いてから手に擦り寄ってくる。  しかしそれも暫くするともう片方の手に持っていた袋へと意識が逸れていき、凌は思わず苦笑いした。 「何だよ、メシ目当てかよ。もう今日はもらってるんだろ?」 「お帰り、凌」  靴を脱ぎ顔を上げれば、先ほどきなこと一緒に写真に映っていた男が廊下の奥のリビングから顔を出す。  けれど先ほどのばっちりヘアセットとメイクの姿ではなく、髪もまだ乾ききっていないままラフなスウェットに身を包んだお風呂上がりスタイルだ。  まあ、スウェットだろうとそのスタイルの良さは一目瞭然で、出会った当初から既に高かった身長は更に伸び、憎らしいことに凌より一〇㎝も高い一八五㎝まで成長している。  形の良い二重の瞳と薄い唇が笑みを形作る姿は、たとえメイクをしていなくたって十分魅力的に見えるから油断ならない。  この見目麗しい男こそがこの家の家主で、凌に服を貢いでくる相手――露口嘉貴。ファッションブランド『TYC』の社長である父と、デザイナーの母の間に産まれたひとり息子である。
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