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「……凌の髪、ふわふわだよね」 「どう見てもびしょ濡れの髪相手によくそんなこと言えるな……」 「いつも思ってたんだよ。なあ、折角だから洗っていい?」  涙を拭っていた嘉貴の手がいつの間にかわしゃわしゃと髪を撫で回したかと思うと、いいともダメとも言う前に手を取られて湯舟から引き上げられてしまう。 「俺、人の髪洗うの初めてだなぁ」 「実験台じゃん……」  凌を椅子に座らせその背後に立った嘉貴はわくわくした様子で髪をシャワーでよく濡らして、シャンプーに取りかかる。スーパーで百九十八円セールのものしか使ったことのない頭皮が、柔からかな泡立ちと高級スパ(行ったことないけど)のような香りのシャンプーに驚いている気がした。 「かゆいところございませんかー?」 「ないけど、めっちゃ泡が顔に垂れてるんすけど、店員サン」 「そこはセルフサービスですねー」 「嘘じゃん」  どんな店だよ、と思いつつ言われるまま己で顔を洗い流して笑ったタイミングで、でも、と嘉貴の口調が戻る。 「もうこれからはあんまりひとりで抱え込まないで、今日みたいにもっとうちのこと頼ってね。お金だって余ってるんだし」 「……その言い方だと、俺が金目当てでお前といるみてぇじゃねぇか」 「あー、違う違う。言い方がよくなかった、ごめん。分かりやすいたとえだよ」  心外な物言いに怪訝な顔つきで鏡越しに睨むが、嘉貴は肩を竦めて怒んないでと言いたげに苦笑いした。 「真面目な話、俺個人としてもちゃんと自分で稼いでて、ぶっちゃけお金が余ってる。この縁は凌の人柄で手に入れた立派な財産だ。使えるものは使って悪いことじゃないだろ? 俺だって凌の力になれたら嬉しいし、凌だからいいって思ってる。父さんがさっき何も言わずに金出したのも、同じ気持ちだからだよ」  言葉通り真剣な面持ちで話す嘉貴に、それでも凌は不満を滲ませた表情を崩すことができない。けれどこれは価値観が少し違うだけで本当に嘉貴は凌を助けたいと善意で言っているのだと分かるからこそ、努めて冷静に口を開いた。 「……そう思ってくれるのは嬉しい。けど、俺はそういう損得勘定でお前と友達やってるわけじゃねぇし。俺からしたらお前との縁そのものが財産なわけであって、こうやって聞いてくれるだけで十分なんだよ。そのステータスはお菓子についてくるおまけであって、それに価値は求めてねぇ」  というか、こんなタイミングで言うなよ。こっちは泡だらけで格好がつかない。  鏡の向こうの相手をまっすぐ見据えて言い切れば、嘉貴が降参するように両手を上げた。 「そのおまけが欲しくてお菓子買う子だっているのにねぇ」 「知るか。そもそも俺はそういうおまけつき買うくらいなら大容量パックのお菓子買って沢山食う」 「ふふ、確かに。……もったいないなぁ」 「ん?」 「凌はこんなにかっこいいのに、何も分かってないお前の親はもったいないよ。……あ、流すね」 「んぐ」  このタイミングかよ。さっきからタイミングがいちいちおかしい。  そんなツッコミを入れたくても、容赦なく頭のてっぺんから降り注ぐシャワーに、凌はなすすべもなく俯き髪を濯がれていく。 「凌もさ、もうそんなやつのために人生使うのもったいないよ。これからはもっといっぱい、俺と楽しいことしような。お前がいらないなんて、絶対ないから」  水音に紛れて、それでもしっかりと耳に届く声はひどく優しかった。 「……嘉貴」 「ん? 痛い?」 「……ありがと」  やっと紡げた感謝の言葉も、水音にかき消されることなく嘉貴に届いたらしい。  うん、と一言笑った嘉貴はそれ以上何も言わず、そのまましばらく髪を濯ぎ続けてくれた。  瞳から溢れる水が、止まるまで。
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