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4-10
風呂を上がると、テーブルの上には夕飯が豪華に用意されていた。
冷しゃぶをメインに、牛肉と玉葱の甘辛炒め、厚揚げのチーズ肉巻き、肉豆腐、もやしとほうれん草のナムル、キムチの盛り合わせ、茄子のお味噌汁。
肉を使いたかったことが丸わかりのがっつりメニューがずらりと並び、今日一日まともに食事をしていなかった腹がきゅぅ、と素直に空腹を訴える。
紗英には会った瞬間、思い切り髪をぐしゃぐしゃにされて抱き締められ、親子だなと思わず笑ってしまった。
それからみんなで席について、徹に改めて感謝の意を込めてビールをお酌しているタイミングでふと嘉貴が言った。
「あの猫、やっぱり俺が面倒見てもいい?」
「は?」
お酌をしていた手がブレる。何を言ってるんだお前は、という感情をありありと乗せた声が喉から出てしまった。
「紗英さんがアレルギーだから無理って話なんじゃないのかよ?」
「そのことなんだけど、ひとり暮らししようかなぁって」
「はぁ!?」
あまりに突拍子のない第二の提案に声を大にして驚くが、ふたりはそうでもなかったらしい。
「あら、いいじゃない」
「え!?」
「何もできないままずっと実家暮らしも心配だったし、いい機会じゃない? ただし、ちゃんとお世話するのよ。命を育てるってかわいがるだけじゃダメなんだからね」
「うん、分かってる」
「じゃあ、うちのマンションのひと部屋使うか。ペットもOKだし、立地もちょうどいいんじゃないか?」
「うちのマンション? って何?」
「うちで不動産経営してるマンション。家賃収入でお金もらうやつ」
「マジか……」
「金がある」発言の重みが増して、庶民は開いた口が塞がらない。
「最上階は倉庫として使ってて誰にも貸してないから、そこでいいわね。明日にでも管理会社に連絡入れましょ」
トントン拍子に用意される新居に呆気に取られていると「ほら」と内緒話をするように耳打ちされた。
「甘やかされてるでしょ?」
「バカ。愛されてるって言え」
甘やかされているだけでこんなにしっかりした人間が育つものか。
即答で訂正した凌に面食らった顔をした嘉貴が、眉を下げてはにかんだ。
「ふふ、ハズいね」
やけに可愛い表情に心臓がむず痒くなって、ついうっかり流されそうになったがすんでのところでなんとか話を戻す。
「そうじゃなくて、こんな簡単に決めていいんすか?」
「まあ、嘉貴がやりたいって言うならやってみればいいさ。その代わり、口出しするつもりもない。学業と仕事、今まで通り励みなさい」
「猫より人間の方が心配なくらいね……本当に家事したことないのよ、この子。凌くん、悪いけど助けてやってね」
もうひとり暮らしは決定事項となってしまったふたりを説得できる気がせず、凌は戸惑いを隠すことなくもう一度嘉貴をじとりと睨む。
「……お前は本当にそれでいいのかよ?」
「ん? 俺が言い出したことだよ?」
「それは……そうだけど」
あくまで自分の意思で動いて、その結果凌も猫を育てる手伝いをするだけ、という方針なのだろう(いささか押し売りな気もするが)。
けれどこんなのどう考えても凌のためだ。凌が自分のアパートで育てられないから、いつでも会いに行ける場所を作ってくれたに他ならない。
そんなの紗英たちだって分かっているはずなのに、全員がそれを黙認している。こういうのを「甘い」と言うんだ。それとも、これも「愛されている」なのだろうか?
本当にこんなに優しくしてもらっていいのだろうか。親にも与えられたことのない優しさを受け入れていいのか逡巡する凌の耳を、ふは、と柔らかい笑い声が擽る。
「いいんだよ。俺が大事にしたくなったんだから」
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