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5-2
「ねぇ、凌」
するりと頬を滑った指が顎にかかり、声の冷淡さとは裏腹に優しく凌を上向かせる。
見上げた先の瞳は、知らない色をしていた。
「そう言って凌は、他の人と幸せになるの?」
「ちが――」
「俺の気持ち全部なかったことにして? それでいつか“親友”のお前が他のやつの隣で笑っているのを、俺は喜べばいいの?……酷いやつだね、お前」
――傷つけた。
傷つけてしまった、一番大切な人を。
自分を責める声がぐわんぐわんと頭の中に反響する。
分かっていた、自分の考えが甘いことくらい。
自分勝手な話だと罵られることも覚悟して来た。
けれど、いざ好きな相手の冷然とした姿を目の当たりにすると、悲しくて、目頭がどうしようもなく熱くなってしまう。
泣くな、泣くな。
それでも。もう引き返すことができない道を選んだのは自分だと、浅くなる呼吸を飲み込み決意を顔に映す。
そんな凌の意志を上手に汲み取ったのか、形のいい眉を僅かに吊り上げた嘉貴は苦々しく口元を歪めた。
「言い訳もしてくれないんだ? 本当に勝手だね……。――でも、お前が勝手にするなら俺だってそうするよ」
「い……っ」
「俺が今まで気持ちを伝えなかったのは、凌がそれを嫌がってたからだ。でもそんなの知らない。遠慮して気を遣うだけバカバカしいってやっと分かったよ」
「やめ――」
「好きだよ」
顎を捉えた指先はいくら身じろいでも外れることなく、嘉貴の眼前から逃れることができない。初めて聞く告白は、あまりにも甘くて残酷な音色をしていた。
「ずっと凌のことが好きだった。距離を置いたところで何も変わらない、俺はお前がいいんだ。お前と幸せになりたいんだよ、凌」
「やめろ!!」
あらん限りの力で嘉貴を突き飛ばして、わななく身体を片腕で抱き締める。
ずっと知っていた。気づいていたくせに、いざ言葉にされるとこんなにも心が歓喜して、己の浅ましさに絶望した。
そんな自分を悟られたくなくて、震える声を精一杯荒げる。
「こんな無駄なこといつまで続けるんだよ!? 男同士なんて生産性もなけりゃ将来性もねぇ。誰からも喜ばれないしむしろ後ろ指さされるくらいだ。そんなの紗英さんたちに悪いと思わねぇのかよ? お前の親は、お前をホモにするために今まで育ててきたわけじゃねぇだろ!? 気持ち悪いんだよ!」
感情がコントロールできないまま、嘉貴を全身で拒絶するように叫ぶ。
だって、息子が見初めた女性を連れてくる日を心待ちにしている紗英たちを分かっているはずなのに、どうしてそんなことが言えるのか。
嘉貴の考えていることが凌にはもう分からなかった。
「……凌って本当、うちの両親好きだよね。……親って言うか、“家族”かな」
「え……――」
物知り顔で呟かれた台詞に気を取られた一瞬の隙をついて、腕を掴まれる。
何が起こったか理解する前に力強く引き寄せられた身体は勢いをそのままに嘉貴の腕の中へと閉じ込められてしまった。
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