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「なぁ涼…。冗談だよな? こいつと一緒に…って、どうせ不可能なんだって、わかってんだろ?」
この期に及んで、目の前の現実が信じられない。俊哉は縋るような気持ちで涼へ問いかけた。
手を伸ばして涼に触れたい。そこにいるのは、本当に自分が好きな涼なのか。
「…ごめん」
嵐のジャケットを強く掴んで、涼は下を向いた。俊哉の気持ちを、拒むように。
再度顔を上げた時、涼の顔にはもう戸惑いもためらいも残っていなかった。
「あたしは、嵐が傍にいない人生じゃ生きていけないの」
「涼…っ」
「俊哉だってもう十分身に沁みてるはずだよ。あたしがどれだけ、俊哉に優しくされても共有しようとしなかったもの。…嵐のことなの。嵐をどうしようもなく好きだっていう、その気持ちなの」
俊哉の顔から、色がなくなっていく。
涼へ伸ばそうと持ち上がった手が、所在無げに下ろされた。
「ずっと誤魔化してた。でももう、目を逸らしたくない」
「…………」
「だから…。…ごめん…なさい…」
その声が小さくても、俊哉の肩には重くのしかかる。半年前まで恋人だった人にこんなことを言われる日が来るだなんて、誰が想像するだろう。
実の兄が好きだから。男として好きだから。…誰よりも好きだから。何が道徳で、何が道徳じゃないのか、俊哉は一瞬わからなくなった。
涼の言葉を、こんな時まで素直に受け止めかける自分にハッとなる。
<違う、この二人の言うことは間違っている>
この部屋の中に正しいものなど、一つもありはしない。涼が悲しい顔をしても、俊哉は認めることが出来ない。見逃すなど、もってのほかだ。
「巧さんに言うぞ」
びくり、と涼の肩が揺れた。
「巧さん、お前らのことに気付いてる。だからオレに栃木へ行けって言ってきたんだ。勘は当たってた。オレは、それを巧さんに言う」
「…好きにすればいい」
そう答えたのは、涼ではなく嵐だった。動揺させたくて発する言葉に、嵐は少しも動揺しない。
そんな嵐を見て、逆に俊哉が動揺する。
「っ、オレは許さない。―――絶対に、納得なんかしないからな!」
俊哉の叫びが、激しい雨音をかき消した。
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