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しかし私の一撃は重く弾かれた。
男は瞬時に私への斬撃を捨てて受けに徹していた。
女は……視界にいない。僅かに月明りを遮る影の動き。
彼女は半ばまでの左前腕で男の肩を起点に宙へ舞っていた。天地の返った女と視線が交錯する。
長く殺し合いを続けていると、ときには死の感覚、というものを感じることがある。この刹那、限りなく身近に死があり、ここで誤れば即座に死神の世話になるという肌感覚。
それをまさに今、人生で最も強く感じ取っていた。
無防備な延髄を晒していると察した私は恥も外聞もなく地へ伏せて転がって距離を取った。
「なるほど、二刀流の騎士の子ら、か……」
右腕を失った男と左腕を失った女は、まるで組んだその腕が関節として繋がった一個の生き物の如く巧みに重心を取って着地し構え直す。
「この腕だから親父の技はどちらも継げなかったが」
「それを元に編み出された我らの二刀が貴方を必ず屠りましょう」
ふたつの頭に四本の脚を持ち、ときにはひとりとして、ときにはふたりとして自在に組み代わって受け、捌き、前後左右天地をも問わず迫りくる二本の刃。
いったいどれだけの情念を持って修練を積めばこのような動きが可能になるのだろう。それもひとりではなくふたりでだ。
どちらが欠けても折れても成し得なかった二身一体。
異形怪異の二刀流。
守るべき家も成すべき任務もある身なれど、それでも私は感動していた。
己の中途半端な慈悲と無自覚な残酷さがこの命を損ねる日が来たのだとしても、この未知の戦士と切り結ぶことにただただ楽しみを覚え、没頭していく。
一合切り結ぶたびに彼らの想いをこの身に受け、創意工夫に驚きを禁じ得ない。
しかしときを経るうちに私はその動きの癖というか、動作に意味を見出しつつあった。
なぜ損なった腕を組んで戦い続けるのか。
姿勢を変えて腕が離れるときでも彼らは常にどこか触れ合っている。
そうか、ふたりは触れている部分の動きからお互いの次の動きや意図を察して疎通しているのだ。
つまり分断こそが勝利の鍵。
流れのうちに生まれた隙を突いてふたりどちらの命でもなく、その組まれた腕を狙って垂直に剣を振り上げる。
次の瞬間私の両腕は左右から背後へ抜けた剣閃によって肩を離れ、己の剣を強く握りしめたまま目の前に転がった。
誘われていたのだ。
高度な技巧、奇抜な体術に翻弄され、それを攻略したいという目先の欲に駆られて“命のやり取り”という最も基本的な目的を忘れてしまったがゆえの結末。
留めようのない失血に意識が揺らめき崩れるように膝をつく。
「なにか言い残すことはありますか」
女が問う。
彼らが私の願いを聞き届けるとは限らないが、駄目ならそれまでのこと。言うだけならタダだ。
「任務で親書を届ける途中なのだ。この身はここへ打ち捨てて貰って構わないが、差し支えなければ荷の中にある親書を領主殿へ届けて貰えまいか」
男が頷く。
「承知した。必ず果たそう」
私は小さく息を吐いて目を閉じる。
「感謝する」
それが最後の言葉となった。
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