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あの日から十数年たった。
魔力の込められた短剣で切られた髪の毛は、決してそれ以上伸びようとはしなかった。他の姉たちの髪の毛は以前のように美しく伸びたというのに。
だが娘はそれでもかまわなかった。髪の毛が伸びると同時に、ほかの四人の姉たちはあの哀れな末っ娘のことを少しずつ忘れていくようだったからだ。
毎晩の様に着飾り、歌い、踊り明かす。まるで悲劇なんかなかったように。上の世界なんて無かったかのように。そして、あの夜の、そして悲劇の朝の象徴のような短い髪の毛が目に入るたびに、少し嫌な顔をする。
姉妹たちは幸せそうだ。忘れたほうが幸せなのであろう。娘たちにはあと二百年以上の生が残っているのだから。悲劇は忘れて、楽しく生きたほうがよいのだ。だって人魚には魂も、死後に行ける場所もないのだから。
これはきっと戒めだ。妹を救えなかった私への。
あのとき、あの日、短剣ではなく魔女から脚を貰って、オウジサマを刺し殺してしまえばよかったのだ。それが、妹に恨まれることになろうとも、彼女の意思に背くことになろうとも良かった。恨まれたってかまわなかった。私が救いたかったんだ。
清らかな風の娘たちのように、そして享楽的な人魚の娘たちのように、皆が生きられるわけではない。
他の姉妹は、短い髪と思いつめた顔を見るたびに顔をしかめる。おばあさまも父上も、悲しそうな顔をする。不憫でならない、といって髪をとかす侍女もヒソヒソ話す恋人候補たちもすべてが煩わしい。ある夜、姉娘は決心した。このまま、城にいたって仕方ない。
皆が寝静まった真夜中に、娘は城を抜け出すことにした。あの時の妹も、こんな気持ちだったのだろうか。わからない、わからないが行く先は同じだ。娘は、あの恐ろしい道を泳ぎだした。
泳ぎながら、娘は考えていた。なぜ、この道を行くのかを。
私は、知りたいのだ。妹の行く末を。
上の世界に恋した少女の夢を。
あの子がどんな覚悟でこの道を通ったのかを。
叶わないと知っていても愛することをやめなかった人の気持ちを。
そして、こうなるとわかっていながらも最期まで見届けた魔女のことを。
三度目の沼地は不思議と恐ろしくなかった。
ポリプに捕らわれた骨も、不気味な生き物も。今度は王族の正式な挨拶をしよう。そして先日の非礼を詫びよう。娘はそう心に決めて、白骨の家の扉をノックした。
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