今から猫を配ります

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「只今より猫の配布を開始致します。整理券順にお並び頂き、2メートル以上の間隔を空けた上でお待ちください」  無機質なアナウンスが二回、ホールに鳴り響く。  今日は猫を配るのだと言うから来たのだが、この混雑具合を見てしまうとそれも後悔へと変わる。何かに感染でもしたらどうするんだ、と、ここへ来た自分を強く責めた。が、しかし。貴重な猫を配るのだと言うのだからそれも譲れない。室内で過ごすことが多くなった今ではストレス解消の一助になるアイテムは貴重だからだ。  家に今ある猫はもうボロボロになっているし、動きも悪い。とっくに買い替え時だがそれよりもまず家事サポートロボットの買い替えの方が先だった。アレはもう今にも煙を上げて起動停止しそうだし、コップにいたっては昨日も一昨日も割られている。俺が攻撃でもされてしまう前に買い替えなければ。となると、この混雑の中でも猫を貰う価値はある。そう自分の行動に言い訳をつけて自分の番をじっと待つ。 「次の方」  前の方の奴が係員に呼ばれ、それに伴い列の全員がザッ、と一歩前に出る。あともう少しで俺の番か。今の猫は少し重くて角が痛いから、できればもう少し丸みを帯びていてくれるといいんだが、ランダムに配布されるようなのでこれはあまり期待できない。できるだけ軽い猫が自分の元へやってくるのを願うばかりだ。 「次の方」  猫を受け取る準備をするために首輪を選ぶ。ICチップを埋め込める部分以外の色が選べるので、今の猫と同じ赤にした。別の係員に生体認証をしてもらいICチップと同期させる。無事に赤いランプが3回点灯すれば持ち主としての登録は完了だ。この手続きもかれこれ4回目になる。だいぶ手慣れてきたからか、ストレスは無い。もちろん左腕に付けたストレスアラートも点灯はしていなかった。 「次の方」  これだけ混雑していても手続きは滞りなく進んでいるようだった。俺も一歩前へ進み、首輪を規定の場所へと置く。係員はランダムに流れてきた猫を手に取り首輪を取り付けた。ピー、と音が鳴り起動する。おお、随分動きがスムーズだ。抱きかかえれば軽く冷たい金属の感触が嫌に腕にまとわりつく。不快に思ったまま横についているボタンで表面温度を自分の体温と同じ36.5°まで上げれば腕の中でぽかぽかと温まっていく猫。今度の猫は角がない丸いタイプ。うん、これはいい。係員に礼を言いこの混雑から少しでも早く離れようと駆け足でその場を去った。ゆったりと少しだけ動く猫を撫でる。かわいい。今回の猫はタダとはいえメンテナンスはきちんとしよう。充電コードも新調してしまおうか。  とん。  何か柔らかいものが足に当たった気がして足元を見る。そこにいたのは毛むくじゃらで四足歩行をしている、何か。この時代に四足歩行の生き物なんてまだいたのか。驚きと共に、何かを媒介していないか不安になり咄嗟に距離を取る。さっき貰ったばかりの猫をぎゅっと抱きしめ、左手で五月蝿く鳴るストレスアラートを止めた。 「環境局に通報」  そう口にするとポケットに入れていた端末が起動し、掛けているメガネからの映像を転送した。 「通報ありがとうございました。ご協力に感謝します」  情けなくカタカタと震える足元で、毛むくじゃらが口を大きく開けて牙を見せてくる。おい、やめろ擦り寄るな。 「にゃーん」  嗚呼、なんて凶暴そうな生き物なんだ。  早く家に帰って全身洗浄をして猫に癒されよう。そうだ、名前はなんて付けようか。この前はミケだったから、今度は── 「タマにしよう」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!