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その3
「服にめっちゃ餃子のにおいついてる」
部屋に帰って来るなり、晴輝は俺に抱きついて胸に顔を押しつけ、笑いながらくんくんとにおいをかいだ。ぎゅうっと俺の背中に回した腕に力をこめる。
「ね、帰らないでよ? 泊まってってよ」
切実な声。晴輝は上目遣いで俺を見るかのように、顔を上に向けた。俺を見ることのない瞳が、酔ってるせいもあるのか少し潤んでいて、ドキッとする。
晴輝の右手が俺の身体を這い上がって、首にたどり着く。そっと左頬を包み、背伸びするようにしてキスしてきた。
少しずれて重なった唇の、柔らかい感触。頬に触れる指先がちょっとくすぐったくて、俺の指先を握る左手が熱くて、胸が高鳴る。しっかり指を絡ませあい、唇を奪いあう。
「すごく、したいんだ」
いったん唇を離し、晴輝は恥ずかしそうにぽつりと言った。身長差のせいで、うつむく晴輝の表情は見えないのが惜しい。
「分かるよ」
左腕で晴輝を抱きしめて、また立ったままキス。絡ませあった指に痛いほど力がこもり、俺に身体をすり寄せてくる。思わず、押されて一歩よろめいた。
「ベッド行こう」
俺は晴輝の腰に手を回し、ゆっくりベッドまで誘導した。俺にもたれかかってくる晴輝の吐息が熱い。
晴輝が暮らす部屋は2LDKで、物はあまり置いておらず、きれいに片づいている。いつもちゃんと片づけて、物は定位置に置いておかないと、自分が困るからだ。寝室にも、ベッドとクローゼット、それにベッドサイドに置かれた音声が出る時計やティッシュぐらいしかない。ただし仕事部屋には、俺にはよく分からない機械や楽器などが整然と並び、音楽が詰まっている。
「んっ……」
晴輝をそっとベッドに押し倒すなり、激しいキスをしかけられた。思わず声が漏れる。
「そのうち、俺達も一緒に住めたらいいね」
唇がふれあう距離のまま、愛しそうに俺の短い髪に触れながら言う。
やっぱり、晴輝もあの二人の同棲に触発されたらしかった。でもたぶん、明るく楽天的に見えて、晴輝はネガティブなことばっかり考えたに違いない。サプライズでツアー最終日に歌を披露してコクるなんて大胆なことをしておいて、そのわりには押しが弱かったヤツだから。
「その話は、後でちゃんとしよう」
下手なことを言って、晴輝を傷つけたくない。俺は声に思いをこめ、晴輝をまっすぐ見下ろしながらゆっくり丁寧に言った。
「うん、今はエッチしようか」
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