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その1
目を覚ますと、翔一郎さんにしっかり抱きしめられていた。汗のにおいと情事の名残。俺に腕枕して肩に顔を埋め、足に足を絡められている。まるで抱き枕だ。
俺とは親子ほど年が違う、落ち着いた性格の翔一郎さんが、たまに子供がぬいぐるみを抱いて離さないのと同じようなことをするのは、昔の傷がさせてるんじゃないかとせつなくなる。昔の傷がうずいて、なんだか無性にさみしくなるんじゃないかって。
翔一郎さんの髪を、そっと撫でる。白髪混じりの柔らかい髪。目尻の皺、形のいい鼻。気持ちよさそうな寝息。
サウンドプロデューサーとして、全曲アレンジやギターで参加したアルバムのレコーディングも無事終わって、安心したんだろう。きのうは久々にうちで夕飯を食べて上機嫌で、夜はしばらく抱きあっていなかった渇きを癒しあった。
今何時だろう。今日は引っ越し祝いでハルと静也君が遊びに来ることになっているから、掃除して買い出しに行って、いろいろ作らないと。
枕元のスマホを見ると、7時を過ぎたばっかりだった。まだ余裕だ、もう少しこのままでいよう。
ここで翔一郎さんと一緒に暮らすようになって、一ヶ月ぐらいになる。前はミュージシャン向けの音も出せるマンションに住んでたけど、二人暮らしとなるとそうも行かず、引っ越しと同時に翔一郎さんと共同で、近所に練習スタジオを借りた。翔一郎さんは持ってきた防音ブースが使えても、ドラマーの俺には無理だ。だけど、二人とも空いてる時には一緒にスタジオに行ってセッションしながら練習できるし、ベテランの翔一郎さんに教えられることも多くて、本当に毎日が充実してて幸せだ。
これからしばらくはお互いスケジュールに余裕ができるから、カーテンとか家具とか、とりあえずお互いこれまで使ってた物で間に合わせてた部屋も、少しずつ相談しながら変えていこう。
「ん……」
翔一郎さんが目を覚まし、目をこする。密着していた肌が離れ、熱がたちまち冷えた。
「おはようございます」
「おはよう、隆宣」
穏やかに笑って、俺を抱き直す翔一郎さん。俺も翔一郎さんを抱きしめて、唇に軽くキスした。
「今、何時?」
時間を見ようとする翔一郎さんに、俺は口元だけで笑って深いキスを仕掛けた。
「大丈夫、時間はたっぷりありますから」
「それならもう少し寝たいな」
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