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答辞の人選
蛍の光のメロディーがこだまする中、リボン付きの胸花をつけた卒業生が続々と見送られていく。県立第七高校の校長・高木進はその様子を眺めていた。拍手が鳴り止まぬ中、高木は口を開く。
「卒業式を終えた後は毎年淋しい気持ちになるな」
高木の言葉を前にして、教頭の宇都井は深く頷いた。
「色々なことがあり問題も沢山ありましたけど、一仕事終えた感じがしますよね」
宇都井がそう言うと、高木は退場する卒業生へと目をやった。どんなに問題が数多くあった学年であっても送り出すのは寂しいものだし、そして何らかの事情――留年や退学処分などで送り出せなかった生徒のことも思い出してしまうものだ。
蛍の光のメロディーはさらに音量を増し、出席者からの拍手の音はさらに大きくなった。
「ところで、1つ疑問に思ったのだが」
高木が声を発した。宇都井の身体がピクリと動く。
「ど、どうかなさいましたか?」
宇都井はたどたどしい口調でそう訊き返した。
「今日の卒業生答辞、どうして酒谷君じゃなくて佐藤君だったんだ?」
「えっ?」
「いくら佐藤君が生徒会長をやっていたとはいえ、学業成績では圧倒的に酒谷君の方が上だっただろう。彼は同志社大学と早稲田大学両方に受かって、しかも九州大学の文学部にも恐らく合格する。お世辞にも進学校とはいえないわが校にとっては早稲田合格も、旧帝大合格も創立以来の快挙だ。そんな快挙を成し遂げた酒谷君がなぜ答辞を読まなかったんだ?」
「それが、実はですね……」
宇都井は口籠った。
「どうした?何か訳があるのかね?」
高木の問いかけに対し、宇都井は重い口を開いた。
「実は、酒谷君は留年するんです」
「は?」
高木の目が点になった。
「ですから、酒谷君は卒業ができないんです」
「なんだって!?」
高木が思わず大きな声をあげた。在校生、退場中の卒業生、来賓、保護者、教職員……体育館にいる全ての人の視線が高木に向けられた。
「い、いや、何でもないです」
高木はばつの悪そうな面持ちでそう釈明すると、軽く頭を下げた。確かに言われてみれば、卒業証書授与の際に酒谷勝也の名前は呼ばれていなかった。高木は思わず目を瞑った。
「どういうことなのか、後でじっくり話を聞かせてもらう」
「は、はい……」
宇都井は額にじんわり汗がにじむのを感じていた。
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