1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

 祐太郎が倒れたと、祐太郎と同じサッカー部の同級生に連絡を貰って病院に駆け付けた。  救急の待合室には、サッカー部の顧問や叔母さんや、祐太郎とそっくりな兄貴の健一郎(けんいちろう)がいた。  兄貴に状況を聞いたが、「部活中に急に倒れて、意識は無く、心肺停止状態。それ以上は分からない」そう言われて、何も言葉が出なかった。  俺は二つしかない待合室の長椅子を使う事をはばかり、自動ドアの向こう側にある、会計スペースの長椅子で待つことにした。  そこには、俺と同じ高校の制服を着た女子が、怒ったような顔でジッと救急の入り口を見ていた。  「杉野」  俺は、祐太郎の彼女の杉野に声を掛けると、一人分空けて隣に座った。  「部活中に倒れて、意識は無く、現在心肺停止」  さっき、兄貴から聞いた情報を教える。  「そう」  膝に置いた手は痛そうなくらいにギュッとスカートを握りしめていて、悲痛に眉を寄せて、祈るように、念じるように一点を見ながら、擦れた声で短く答えた。  俺たちはそれ以上言葉を交わすこと無く、祐太郎の死を告げられるまで待ち続けた。  「ダメだった」  兄貴は目を真っ赤にしながら、俺たちに報告してくれた。  「ウソ、だろ…?」  俺は信じられなかったし、質の悪いドッキリなら上手すぎて完敗だと、心の中で祐太郎に話しかけた。  けれども、これが嘘じゃ無いって事も、分かっていた。  分かっているけど、信じたく無かった。  震えて崩れそうになった感情は、隣に座る杉野を見たら、ピタッと止まった。  杉野は魂を抜かれたように、足元に視線を落とし、膝に置かれた手は二度と掴めないモノを手放してしまったかのように力なく開いていた。  普段は意思が強めで冷たそうで、綺麗な女子を絵にかいたような杉野が、こんなにも茫然とする姿は、初めて見た。  俺は喪失感や悲しみを共有するためなのか、杉野が祐太郎の下に行かないようにするためなのか分からないけど、初めて杉野の肩を強く掴んで呼びかけた。  「杉野、杉野!」  杉野はゆっくり俺を見ると、呟くように言った。  「菅野君、祐君は死んだの?」  「あぁ。信じられねぇけど、そうなんだ」  「そう…」  杉野はひとり言のように呟くと、立ち上がり病院を出て行った。  その後ろ姿が儚くて、このまま祐太郎の下に行ってしまうんじゃないかと思って、俺は後を追った。  病院の前のバス停で、ぼんやりとバスを待つ姿を見付けてホッとしたけど、バスの前に飛び出したりしないかと新たな心配が出てきて、俺は隣に立った。  何も言わず、俺の存在にも気が付いていないように、ただ虚ろにアスファルトの道路に視線を落としている杉野は、虚無感を体中に纏わせた危なげな女子高生で、俺は何故か杉野を自宅に送り届けることを使命のように感じながらピッタリと杉野の後に続いた。  話しかけるでもなく、隣に並ぶでも無く、手を伸ばせば杉野を掴める距離を保ちつつ、杉野の家まで付いて行く。  杉野が家に入る前に一瞬、俺を見た気がしたけど、目までは合わなかった。  それから、通夜も告別式もあったけど、杉野は姿を現さず、1週間学校を休んで、2週目には、何事も無かったように登校してきた。  周りの皆は、祐太郎と付き合っていたことを知っているから、まるで腫れ物に触るように杉野に接し、杉野の周りに見えない障害物があるかのように、距離を取った。  杉野は所属する吹奏楽部に何度か顔を出したが、どうしてもフルートが吹けず、見学や雑用をするばかりで、それが1週間も続くと部活にも行かなくなった。    朝、いつも通りに家を出ると、前から3両目の電車に乗って、ボーッと外の景色を眺める。友達が「おはよう」と声を掛けて来ることもあるけど、杉野から挨拶をする事はほとんど無い。以前もそうだったのか、祐太郎が亡くなってからそうなったのかは分からない。だって、俺が知る杉野の日常は後者しかいない。  駅から一人で学校に向かうと、教室へ。  昼飯はよく祐太郎と一緒に食べていた中庭のベンチで、一人で黙々と、弁当を半分くらい残して終わる。  授業が終わると、朝来たルートを帰るだけ。  どこかに立ち寄ったり、遅くまで友達と遊びまわるなんて無い。  友達はいたバズなのに、今の杉野と一緒に帰ったり、遊んだりする友達はいないらしい。  俺は、以前よりも早く起きるようになって、学校帰りに無意味に遊び歩くことは無くなった。  あの日以来、俺は杉野が祐太郎の下に行かないように、ストーカーのように見守っている。  これは生前、祐太郎が俺に言った事を守っているだけで、決してストーカー行為をしている訳じゃない。  なのに、杉野までも俺をストーカー扱いして注意した。  いつものように、家に入って行くまでを見守っていたら、家に着いた途端踵を返して、俺のところまでやって来た。  「菅野君はストーカーなの?SPなの?その距離で私の事、毎日見張らないで。学校行くだけで、悪い事してるみたいに思えるの」  「どうやったら俺が、ストーカーとかSPに見えるんだよ。俺はただ、杉野がちゃんと家に帰るか見届けてるだけで…」  まともに会話をしたのは、あの日以来初めてで。杉野がこんなにハッキリ感情を出して話す姿を見るのは、いつ以来だろう。  「心配してくれてるのは、分かってるけど、こんな風に付きまとわれるのは、気持ち悪くて迷惑。それなら普通に友達の距離感でいてくれない」  「友達の距離感ってどんな距離感だよ」  「普通に挨拶したり、隣を歩いたり。後を付けたり、監視したりするのは、違うと思う」  「分かった、じゃぁ、明日から普通に迎えに来るわ」  「それは要らない。私、祐君の後を追って自殺したりしないから。道路に飛び出したり、電車に飛び込んだり、後、手首切ったり、屋上から飛び降りたり?そう言う事はしない。だから、送り迎えは要らない」  杉野の口からリアルな方法を否定をされて、俺は安心するより更に怖くなった。  もしかして、本当は自殺しようと考えてるんじゃないかって。  俺を安心させてマークを外したところで、祐太郎の側に行こうと思ってるんじゃないかって。  「いや、これは俺の自己満足だから。祐太郎との約束だし」  「祐君との約束?」  「祐太郎に何かあったら杉野は俺が守るって、約束したんだ。あいつがいなくなる少し前に」  「…何て約束してるのよっ。バカ」  杉野は顔を歪めて呟くように言葉を吐きだした。  それは俺にではなく、祐太郎に言ったんだ。  本当は、約束ってほど確かな物なんかじゃないけど、今の俺には生前の祐太郎の言葉は全部、守らなくてはならない約束みたいなものになっていた。  「じゃ、明日」  「いや、本当に要らないから、迎えに来ないでよ」  俺は杉野の言葉を背中で聞きながら、少し胸のつかえがとれている事に気が付いた。  初めて勝手に杉野の家まで付いて来た日以来、声を掛けようにも掛けられなくて、どんな風に接していいのか分かず、俺らしくないのにウジウジと後をつけ回すだけしか出来なかった。こんなの、祐太郎が思ってる「守る」とは違うだろうし、約束を守っているうちに入らないと思っていた。  だから、杉野が声を掛けてくれて助かった。  これで、俺は明日から堂々と杉野を守ってやれる。        
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!