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 「おはよう」  駅から杉野の家に向かおうとすると、声を掛けられた。  そこには、いつものように不愛想な杉野がいて、驚いている俺を睨むように見上げてる。  「来なくていいって言ったよね」  「だから、俺の勝手」  「そう言うの、ホント迷惑。毎日家まで来ないで、近所の目もあるの。私達の関係を知らない人が見たら、ストーカーか彼氏に溺愛されてるかどっちかだと思われるでしょ」  「はぁ?何だよそれ。周りの目なんて関係無いだろ。俺は続ける」  杉野は更に不機嫌な顔をして俺を睨み、俺はもともと機嫌が悪そうな顔をしているけど負けないくらいに睨み返す。  しばらく無言で睨み合っていると、杉野はわざとらしく大きなため息をついてスマホを取り出した。  「じゃぁ、お互いに位置情報でも入れ合って監視する?それなら納得するの?」  「はぁ?しねーよ。恋人同士でも無いのに気持ち悪い。俺、彼女でもそんな事、絶対しねぇ」  「じゃぁ、どうしたらやめてくれるの?そもそも、私の家からこの駅まで、車なんてほとんど通らないし、通ってもスピードなんて出して無いし。そんな車に飛び込んだって、ケガして入院するのが精一杯よ。死ねるとは思えない」  杉野の言葉は納得できるもので、ここ数週間通ってこの界隈の交通事情は大体把握している。でも、「はい、そうですね」と引き下がるには何か足りない。  「でも…」  言葉が出てこない俺にしびれを切らしたように、杉野は別の提案をした。  「じゃ、家を出る前に自撮りでも送ろうか?今日も元気に学校に行きます。って。そしたら家まで来ない?ホントは駅でも嫌なんだけど」  「んーー。仕方ねぇな。とりあえず、それで手を打つ」  俺はスマホを取り出して、LINEの画面を開いた。  杉野は相変わらず不機嫌に睨みながら、お互いの連絡先を登録して、スマホを制服のポケットにしまった。  俺たちはそれ以上言葉を交わす事は無く、でも、昨日よりは近い距離でホームで電車を待ち、一緒の車両に乗り込んで、肩が触れ合う位置に立ちながらも目を合わすこと無く学校へと登校した。  杉野と俺のクラスは隣で、杉野が教室に入る時、一瞬俺を見た目は、不機嫌さが消えていた。  俺は変な胸騒ぎを覚えたけど、それは今まで何回も起こった胸騒ぎで、そのどれも当たる事は無く、杉野は今も生きている。  だけど、聞こえもしないのに、耳を澄まして隣のクラスの様子を伺った。  「菅野君、おはよう」  誰かが挨拶をしてきても、うっとおしいだけで、睨むような目で見て、また耳を澄ました。    俺は一体何をやってるんだ。  祐太郎のせいで、俺までおかしくなって来たよ。  あんなに嫌われていた杉野に、わざわざ近づくなんて、お前が生きてたら絶対にしなかった。  杉野は祐太郎の彼女で、俺は祐太郎の友達で。  俺と杉野はお互い苦手なタイプだから、祐太郎がいなければ言葉を交わすことも無かっただろうに。  なぁ、俺、祐太郎の代わりに、杉野を守れているのか?    「俺、杉野涼香(すぎのりょうか)の事、好きになった」  祐太郎が突然俺の部屋に来たと思ったら、夢を見ているような顔で、報告のような、ひとり言のような事を言って、ゲームをしている俺に無理矢理話を聞かせた。  「杉野って、美人でシュッとしてて、お高く留まってそうだろ。でも、ホントはそんな事全然無くて。あっ、いや。美人でシュッとしてるのはそのまんまなんだけど。お高く留まってるってのは、こっちの勝手なイメージで、ホントは毒舌でジャンクフードが大好きなんだよ」  祐太郎は一重の重そうな目を命一杯開いて、つぶらな瞳をキラキラと輝かせながら、低い鼻の穴を膨らまし、気持ち悪い位に興奮して一方的に話をする。  俺は相槌を打つこともなく、半分はゲームに未練を残しながら、半分は好きな女の事を嬉々として話す男の姿を希少生物を見るような気持ちで見ていた。  祐太郎は見た目はともかく、面白いヤツで。俺が女だったら、祐太郎と付き合うかと聞かれたら、それはNOと答えるけど、友達にならなってやってもいいと思うかな。  そんな祐太郎の恋は、いつも片思いで終わってしまう。  なのに、懲りずにまた恋をしたのかと、俺は半ば呆れながら聞いていた。  「さっき、駅前のファーストフード店で俺のソウルフードのフライドポテトを買ってたら、杉野が来てさ、ポテトとコーラと期間限定のチョコパイ頼んで食べてたんだよ。ホントは持ち帰りで、祥磨(しょうま)と食べようと思ってたんだけど、杉野の意外な姿に釣られて、隣で食べて来ちゃったよ。  その時、勇気を持って話しかけたんだ。『それ、やけ食いなの?』って。そしたら、睨まれたけど、普通に応えてくれて、『好きだから食べてるの。』って。  俺、それだけで何か運命感じちゃってさ、杉野が普通に応えてくれたのも嬉しかったし、俺と同じ物が好きだって知って、テンション上がっちゃって、何か勝手にベラベラしゃべったんだけど、ほとんど内容は覚えてなくて。でも、あの杉野が、クスクス笑ってたのは鮮明に覚えてて。俺、ほんの30分で恋に落ちたよ」  ツッコミどころは山ほどあるが、恋に落ちたばかりの男に正常な判断なんて出来ないだろうけど、一つだけ言ってやる。  「フライドポテトが好きな奴は、杉野以外にも山ほどいるぞ。そいつら全員に運命、感じるのかよ。バカバカしい」  俺は友達の運命を鼻で笑うと、ゲームに戻った。  「そう、羨むなって。祥磨にもそのうち運命の人が現れるって」  まだ気持ち悪い笑顔で、何でか上から目線で絡んで来る祐太郎がウザくて、俺は無視をする。  「祥磨は、いっつも女の方から寄って来るから、ホントの恋をまだ知らないんだよ。いつか、俺のこの気持ちに共感する時が来るって、心配するなっ」  祐太郎は、短い腕を俺の肩に回して来たけど、それもウザい。  俺は身じろいで祐太郎の腕を解いたけど、しつこく肩を組んで来るので、それも無視した。  いつも祐太郎は、俺の機嫌なんて関係なく、自分の好奇心だけでズカズカやって来る。  俺は、ハッキリした顔立ちで、背も高くスタイルもいい。勉強はそこそこだけど、運動は何でも出来て、物心ついたころから女子にモテていた。だから、学校で目立つ奴らが自然と寄って来たりして、来るもの拒まずでつるんでいた。  中3の頃、何となく一緒にいるグループのカップルが俺の事でケンカになった。何でも女が俺の事を好きになったらしくて、男がそれに嫉妬した。俺はその女に好意も興味も持ってなかったから、ただただ迷惑なだけで、男の勝手な怒りが俺に向けられていてウザかった。  カップルのケンカに手を出した訳でもない俺が巻き込まれて、挙句、男に殴られそうになった時に心底イヤになって、そのクループの奴らとは群れなくなって、高校入学を期に、誰かとつるむことは辞めた。  なのに、祐太郎は同じ中学で俺が中2で辞めるまで同じサッカー部だったからと言う理由だけで俺に絡んで来るし、好きな曲が一緒ってだけで友だち面するし、グルメを教えてやると勝手に弁当を交換して食べるし、自分の家のように俺の部屋に上がり込んで来る。  元々明るくて面白いヤツだから、誰とでも上手くやれて、こんなやさぐれてる俺なんか相手にしなくても友達は沢山いるだろうに、祐太郎は俺と一緒にいる事を選んだ。  最初はただただ、ウザかったけど、押し付けられる好意に慣れて、その内、祐太郎が隣に居るのが当たり前になった。          
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