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放課後、いつも何となく廊下で一緒になって、特に会話もないまま学校を出て、ほとんどは真っ直ぐ駅まで送るけど、たまに、コンビニで新作のチョコやスイーツを買ったり、ファーストフード店に寄り道して少しだけ会話する。
毎朝必ず、「これから登校します」と不機嫌そうな文字が送られて来て、日付が変わらないうちに「お休みなさい」と可愛くもない文字だけ送られてくる。
「自撮りじゃねーのかよ」と最初は思わずツッコんだけど、俺はただ「既読」を付けるだけ。本当は毎回返信しようと思うけど、やっぱり何もしない。
彼女なら、適当にスタンプや同じ文字を返すけど、祐太郎の彼女にはどう返せば正解なのか分からなかった。「友達の距離感で」って言われても、俺に女友達はいないし、祐太郎は距離感がバカだったから参考にもならない。
杉野と始めた友達ごっこは、俺にはむず痒くて、イライラして、オロオロする。でも、そんな姿は格好悪くて見せられないから、硬派な振りをして誤魔化している。
杉野が言うように、祐太郎を追って後追い自殺なんてしないだろう。けれど、杉野の側を離れる事が出来ないのは、俺の問題だ。
きっと俺は、祐太郎の代わりをすることで、祐太郎がいなくなった寂しさを埋めているんだ。
そんなの、始めて直ぐに気が付いたけど、今更どうやって終わらせていいのか分からない。
だから、周りが変な噂を立て始めてようやく、自分の行動に区切りを付けられた。
「杉野さんと付き合ってるんですか?」
久しぶりに女子に告白されて断ると、耳を疑うような事を言われて、ビックリした。
「はぁ?そんな訳ねーだろ」
「周りにはそんな風に見えてますよ。杉野さん、緑川君と付き合ったのだって、菅野君に近づく為だったんじゃないかって」
「誰だよ。そんなふざけた事言ってるヤツは!」
「みっ、みんなです。そんな風に見えてるんですっ」
女子は泣きそうになりながら、逃げるように消えたけど、俺は根も葉も無い噂と祐太郎をバカにされた事に腹が立って、腹が立って、苛立ちをぶつけるように杉野に話した。
「それ、私も言われた事ある。全否定したけど、それはそれで、言い訳に聞こえるみたい。菅野君の言動で更に火に油を注いだかもしれないね」
杉野の淡々とした他人事みたいな態度に、俺との温度差を感じて、更にイライラする。
「おい。祐太郎がバカにされてるんだぞ、なのに平気なのかよ」
「平気なわけ無いでしょ。大体、私、菅野君の事、全然タイプじゃないし、むしろ嫌いだし。祐君の友達だから仕方なく一緒にいてあげてるけど、こんな噂立てられるなら、それも終わりにしよう。菅野君も、もう満足したでしょ」
杉野の何にも包まれていない言葉は、俺のむき出しの怒りにグサリと刺さり、さらに杉野の冷たい目が熱くなり過ぎた俺の頭を冷やし、杉野の側にいる本来の目的を思い出させた。
「イヤ、まだ。まだもう少し」
イライラを噛み殺し、さっきよりは落ち着いた声で抵抗する。
「菅野君が祐君の真似したって、祐君の代わりにはなれないよの。そんなの、もう分かってるでしょ?それに真似するんなら、もっと徹底的に真似してよね。祐君は私とだけ仲良かった訳じゃない。周りのみんなと仲良くしてた。菅野君もそういう所を真似しなさいよ」
悔しいけど、杉野の言う通りで、でも悔しいから、何も答えず奥歯を噛みしめた。
「そもそも友達でもないのに友達のふりするのが無理だった。もう、それも辞めよう。私が命を絶つような事はしないって、分かってるよね?だったら、学校も登下校も一緒に居る必要なんて無い。それでも祐君の真似がしたければ、時々、LINEや電話をしてくればいい。菅野君みたいに既読スルーはしないから。
それに祐君をバカにされたって怒ってるけど、そもそも、菅野君の立ち位置考えて行動してよね。菅野君はイケメンで女子にモテモテで、今みたいに彼女でも無い一人の女子に構ってたら、みんなが焼きもちやくのよ。私、みんなから嫉妬されるのとか慣れてないから迷惑なの。前みたいに来る者拒まずで、彼女作るか、私から離れるかしてくれない」
杉野は前みたいに睨んではいないけど、聞き分けのない子供を諭すように、でも相変わらず厭味ったらしく話す。
杉野の嫌いな俺に戻れと言われても、あの時の俺より、今の俺の方が何だか好きなんだ。成れもしないのに祐太郎の真似を必死でしている、今の自分が。
「俺の立ち位置とか、そんなの考えたくねぇし、彼女とかとりあえず欲しいとか思わねぇ。だから、前の俺に戻るつもりはねぇけど、杉野が俺のせいで面倒くさい事に巻き込まれてるなら、学校で一緒にいるのは止める。でも、連絡だけは今まで通りして欲しい。でないと、安心できねぇ」
「分かった。じゃぁ、さようなら」
杉野はあっさり了解すると、さっさと背を向けて帰って行った。
もう、二度と会えない訳じゃ無いのに、明日から並んで歩くことが無いのだと思うと寂しくて、杉野を追いかけてしまいそうになる。
俺は足が前へ踏み出さないように、力いっぱい足を踏みしめながら、後姿が見えなくなるまで見送った。
どうしたんだよ。
「去る者は追わず来る者は拒まず」でやって来たのに、彼女でも無い、友達でもない、「友達の彼女」の杉野を追いかけたくなるなんて。
次の日から、俺たちは登下校も学校内も一緒に居る事は無く、祐太郎が居た頃みたいな微妙な距離感に戻った。
そうしたら、昼休みに中庭のベンチで一人、パンを齧る俺に知らない女子がジュースやクッキーとかを持って来てくれたり。一人で歩ている登下校の時に、クラスメイトや祐太郎の部活仲間たちが声を掛けて来たり、俺の日常は少しづつ広がり出した。
杉野の周りも、俺が離れると以前のように友達が一人、二人と戻ってきて笑顔も段々増えていった。
約束通り杉野からの一方的な生存報告は毎日、同じような時間に通知が来た。距離を取るようになってからは、通知が来る時間になると前よりスマホが気になって仕方ないし、学校で姿を見かけるとつい目で追ってしまうし、コンビニで新作のスイーツを見付けると杉野の嬉しそうな顔が思い浮かんで思わず買ってしまったりした。
だからかな。既読しか付けなかったLINEに、コンビニで見つけた新作のチョコレートや期間限定のスイーツの写真と商品内容だけのコメントを送れるようになったし、杉野からは短い返信が来るようになった。
それは会話にも反映されてて、祐太郎の墓参りに行く前に立ち寄ったファーストフード店で偶然会った時は、自然と話ができた。
「これから祐太郎の墓参りに行くけど、予定が無いなら一緒に行くか?」
杉野は少し考えてから口を開いた。
「月命日なら1週間ほど遅いけど、毎週行ってるの?」
「毎週は行かねーよ。月命日は家族が行くだろ。俺は1週間遅いぐらいで丁度いいんだよ」
「そう。なら、二人の邪魔しちゃ悪いから、遠慮しとく」
杉野は穏やかに微笑んで、「期間限定のシェイクが美味しかったよ」と話題を変えた。
もう、俺が杉野を守らなければなんて勝手な義務感は、ほとんど無くなっていた。隣に並ばなくなった分、心が近づいた気がして前よりももっと杉野を近くに感じていたし、たまに顔を見て話すと安心と共に嬉しさが湧き上がった。それは久しぶりに友達に会った時に感じるもとのは、ちょっと違って。もっと熱くて、ちょっと痛くて。普通なら不快に感じるものが嬉しいなんて、初めての感情に戸惑っていた。
「俺、杉野の事守りたいって、突然思う事があるんだよな」
部屋でギターの練習をしていたら突然祐太郎が惚気始めた。俺はしっかり聞こえているけど、無視しながらコードを押さえる。
「杉野ってズカズカ物言うし、凍えるくらい冷たい目をする時もあるし、ビックリするくらい食いしん坊だけど、急に儚げに見える事があるんだよ。
この間、部活が終わるのを待っててくれてた時に、夕暮れから夜に変わる淡い光の中で見た横顔なんて、このまま夜の闇に飲み込まれて消えちゃうんじゃないかって思って、思わず腕を掴んじゃったよ」
「おい。色ボケしすぎて、話す言葉も歌詞みたいになってるぞ」
祐太郎の惚気が気持ち悪くて、無視しようと決めていたのに、思わずツッコんでしまった。
「なぁ、杉野って妖精とか天使じゃないよな?俺だけにしか見えてないってことないよな?」
祐太郎は真剣な顔でおかしなことを言いながら俺に顔を近づけて聞いてくる。俺は、わざとらしい位呆れた顔をして祐太郎に言ってやる。
「色ボケの祐太郎には妖精とか天使に見えてるかもしれないけど、俺にはかなり自己主張強めの、儚さの欠片も感じられない生身の女子高生にしか見えてねーから。それに、杉野がもし妖精とか天使の類なら、俺が見えてる杉野は祐太郎を骨抜きにする妖怪だ」
俺はニヤニヤ笑いながら、現実を教えてやる。
「まぁ、杉野が何者でも、俺にとっては大切な彼女だからいいんだけど。もし俺が居ない時に、杉野が儚く消えそうに見えたら、祥磨が消えてしまわないように掴まえてくれよ。そんで俺が戻るまで、ちゃんと杉野の事守ってくれよな。俺、杉野が突然消えたら生きていられねぇ」
起こりもしない妄想を話しているだけなのに、さも起こりうるかのように苦しそうに顔を歪める祐太郎は、恋に溺れているバカな男にしか見えないけど、突然、杉野が消えてしまったら廃人のようになってしまうだろうと安易に想像できた。
「バーカ。そんな事しねーよ。俺が杉野を掴まえたら、痴漢呼ばわりされて通報されるわ。守る以前の問題だろ」
「まぁ、もしもの話だし。それに、俺が杉野の側、離れるわけねーし」
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